弩と長弓

 初冬の太陽は駆け足で沈み、すぐに夜がおとずれる。非戦闘員と羊たちは、日の出とともに北へ移動する予定だ。

 鬼角族の戦士、ジンベジ、ホエテテは馬上の人となり、私とシルヴィオは二頭立ての戦車チャリオットに乗り込んだ。左側は御者ぎょしゃの私で、右側には弓を持ったシルヴィオが乗る。弓がそれほど達者なわけではないが、お粗末な槍と比べるとマシだとのことだ。念のため槍も車体に縛り付けている。

 冬営地が襲撃されるのを防ぐため、日が暮れる前に少しでも東に陣取りたいというハーラントのことばに従い、私たちは薄暮はくぼの中を進んでいる。四名一組の斥候を五つ先行させているが、敵を見つけたという連絡はまだない。日が完全に沈めば、我々も野営をすることになっている。

「教官殿、さっきの方法で、本当に重騎兵を倒すことができるんですか」

 ジンベジのことばに、ハーラントがチラリと私に視線を向けた。

「そう簡単にやっつけることができるのなら、重騎兵なんて兵科はとっくの昔になくなっているよ」

「ならば、お前は我に嘘をついたのか」

「ハーラントさん、あれは嘘ではない。全身を鎧で覆われた連中に、私たちが攻撃するとすれば、ああいう方法しかないということだ。胸や腹を狙っても、私たちの武器では歯が立たない」

 大男のホエテテが、静かに口を開いた。

鎖帷子くさりかたびらに覆われた腕や足、あるいは馬を狙う。斬るのではなく殴って骨を叩き折るんですね」

「そうだな、ホエテテ君。鬼――キンネク族の大太刀は、騎乗したまま片手で斬るために大きく湾曲しているから、腕を振りぬいて斬るのではなく、相手の腕や足に叩きつける感じで戦えばいいんだ。鎖帷子の上からでも、重い一撃は骨をへし折ることができる」

 どうせ切れないので、鬼角族の大太刀に手をかばうような柄がなければ、逆さまに持って大太刀の峰で殴ってもいいくらいだ。

「私は凱旋式くらいでしか見たことがないのですが、戦場では重騎兵相手にどう戦ってるんですか、隊長」

 隣のシルヴィオからも質問がでる。ふと、新兵訓練所で講義をしていた時のことを思い出す。あれからまだ、一年もたっていない。

「重騎兵を殺すのなら、やはりいしゆみだな。弩なら、あの胸甲を撃ちぬくことができる。一番いいのは長弓だが、扱える兵士が少ないからやはり弩だ。

「弩というのはなんだ、ローハン」

 ハーラントたち鬼角族は、ひょっとすると弩を見たことがないのかもしれない。

「とても強い弓のことだ。撃つのに時間がかかるが、すぐに誰でも使えるようになる便利なものだよ」

 「ならば我らも、その弩というものを用意すればよいのではないか」

 弩をつくるには、高度な技術が必要である。機会があれば、バウセン山の鍛冶屋に頼んでみても面白いかもしれない。

「ハーラントさん、残念だが弩は私のような素人ではつくれないし、多額の費用もかかる。そして、いまはなにより時間がない」

 それ以上ハーラントはなにもいわなかった。

「でも教官殿、弩は扱う軍隊は少なくないですし、火の魔術なら鎧ごと丸焼けにできそうですよね」

「火の魔術という珍しい贈物ギフトがある人間を、数十人集められるならそのとおりだろうな。ジンベジ君がいうように、戦場で弩や長弓を持つ部隊がいることは珍しくないから、重騎兵は戦いが始まっても最後まで温存されることが多い。ギュッヒン侯が重騎兵を使うのは、二つの局面に限られている。ひとつは、戦局を決定的にするために、槍兵部隊へ突撃させて相手の戦線を崩壊させるとき」

 一呼吸置いてから続ける。

「もうひとつは、歩兵や弓兵の脅威になる軽騎兵を蹴散らすときだ。私たちのような軽騎兵をね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る