もう一人の教官
ストルコムたちが出発してから数日がたった。
人数が半減したチュナム守備隊の本部天幕周辺は、さすがに閑散としており、このような少数の兵士で組織的な軍事活動ができるとは思えない状態になっていた。
新しく副官に任命したツベヒは、下級貴族の三男で口減らしのために軍に入れられたが、いつか立身出世して実家を見返してやろうと考える若者だ。
「隊長、今日も集落周辺の壕を掘る作業を続けますか」
鬼角族撃退後も、私はこの集落周辺に陣地をつくることを続けていた。
「今日から別のことをはじめたいと思う。全員を天幕の前に集めてくれるかな」
ツベヒはホッとしたような顔をした。
「そうですか。かなり兵隊たちからも不満がでていましたから、ありがたいです。隊長が兵隊を遊ばせないために意味のない穴掘りをさせていると、みなぼやいてましたから」
ツベヒの口からも、このようなことばが出てくるのであれば、他の兵士も意味のないことをやらされていると思っていたのだろう。
「勘違いしているようだが、私は無駄なことなどさせているつもりはないよ。そう遠くないうちに、また戦いが起きる可能性はある」
「鬼角族の美人さんと、毎日剣術の訓練をするくらい平和なのに、誰と戦うんですか」
ユリアンカとの訓練はつかみ合いになることもあるので、まわりから見れば乳繰り合っているように見えるのだろうか。隊長としての威厳が損なわれていなければ良いのだが、周りからどう思われてもいいと考える自分もいた。
「説明が不足していてすまなかった、ツベヒ君。たしかに私たちは、鬼角族のハーラントと友好関係にある。しかし、ハーラントのことを快く思わないものも黒鼻族の中には存在する。ハーラントは人間との混血だからというのがその理由だ。ハーラントの部族キンネクの隣には、人間との混血を嫌うナユームという鬼角族の部族がいるらしい。そして、ハーラントの部族は、我々との戦争で百二十名の戦士を失っている」
驚いたような顔をしたツベヒは、私のことばを続けた。
「つまり、そのナユームという部族が、私たちの同盟者であるハーラントの部族を攻撃する可能性があるということですか」
「そうだ。もしハーラントが負ければ、鬼角族の名誉を取り戻すために、この集落を攻撃してくるだろう。そのために、時間があるうちにできるだけ防衛陣地をつくっているんだ」
えらそうにいっているが、私は知っていて、ツベヒは知らなかっただけのことにすぎない。これからは、できるだけ情報を共有していく必要がある。
「隊長、知らないこととはいえ、生意気な口をきいて申しわけありませんでした」
恐縮するツベヒになぐさめのことばをかけ、全員を天幕前に集めるよう依頼した。
ツベヒの号令で、三十一名が整列する。
「諸君、昨日までの陣地構築、大変ご苦労だった。みなの中に、我々はもう戦うことがないと思っているものがいたのであれば、ここで改めておく。そう遠くない時期に、我々はまた戦いの中に身を投じることになるはずだ。だが、陣地の構築はひと段落ついたので、今日からは各人の戦う力を高めたいと思う」
兵士たちは、突然の宣言に戸惑っているようだった。
「集団の力こそ軍隊の神髄だが、我々は三十名しかいない。私たちが強くなるためには、各人が一騎当千の力を身につけなければならない。そこで、私ともう一人の教官を用意した」
私のことばに、兵士たちは互いに顔を見合わせる。
「ユリアンカさん、こちらへどうぞ」
どよめきがおこり、本部の天幕から皮鎧に身を包んだユリアンカがあらわれた。
「キンネクの戦い方を知るのは、キンネクだけだ。ユリアンカさんとまともに戦えるようになれば、君たちは一流の戦士になる」
兵士たちはどう反応していいかわからないようだったので、私はつけくわえていった。
「怪我をさせないようにユリアンカさんにはお願いをしているが、油断すると大怪我するから気をつけてくれよ」
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