別れ

 半月ほどすぎて、ワビ大隊長からの最終的な指示が届いた。

 とりあえず、ストルコムと兵員の半数を大隊に帰還させ、約三十名の半個小隊でこの地域の黒鼻族を防衛せよとのことだ。一定期間様子をみて、これ以上戦闘がおこらないようならば、全部隊の撤収をおこなうとの但し書きもあった。極めて妥当な判断だろう。戦争がないのに、兵士に無駄飯を食わせるわけにはいかない。もし、撤退命令が出れば私はどうすればいいのだろうか。軍隊を辞めて、この村に残るという選択肢を取ることはできるか。

 少し前まで、早く死刑にしろと息巻いていた自分が恥ずかしい。

 今は、できるだけ長くこの生活を続けたい。人間というのは現金なものだ。

 ツベヒにストルコムをよんできてもらう。

「教官殿、なにか御用ですか」

 大声を出しながら、ストルコムが本部天幕に入ってくる。

「ストルコム君、明日の朝いちばんに、この集落からターボルに移動してもらいたい。ここには最後に補充兵として送られてきた三十名のみを残し、古株の君たちは別の部署へ配属になる。具体的な配属先はワビ大隊長から指示がある。いよいよ君は士官としての配属になるはずだ」

 私のことばに、ストルコムはすくっと背筋を伸ばして直立不動の姿勢を取った。

「本当にありがとうございました。俺のようななんの取り柄もない兵隊が、士官になれたのは教官殿のおかげです。この御恩は一生忘れません」

「気にすることはない。わけあって、私はどんな手柄をあげても出世したり昇進したりできないんだ。だったら、優秀な男が任官されるよう推薦することはあたりまえだろう」

 ストルコムは、しゃっちょこばった表情を急にゆるめていった。

「そうはいっても、こんな辺境でくすぶっていた俺には教官殿は最高の上官でした。槍を振り回すだけが軍人ではないとはいっても、それを戦場で目の当たりにすることがあるとは夢にも思いませんでした」

「それほど大したことではないよ。ただ、私はヴィーネ神に与えられた訓練トレーナー贈物ギフトを少しでも有用に使おうとして、武器や戦争の書物を読み漁っただけだ。君も時間があれば、本を読むことをお勧めする」

 そうはいったものの、現実的に下級兵士が本を読むというのは困難であることも事実だ。書籍の価格は高く、戦史関連の本は普通の人間にはほとんど手に入らない。贈物ギフトの所有者として、軍の許可をえて、いろいろな書籍を読むことができた私は幸運なのだ。

「また、どこかでご一緒できることを祈っております」ストルコムはにっこり笑った。「その時は、俺が上官になっているかもしれませんが」

 そういい残すと、ストルコムは天幕を出ていった。


 翌朝、三の鐘が鳴る前には、チュナム集落を出発するストルコムら全員が天幕前に集まっていた。

 物資を運んできた荷馬車に分乗して、このあとすぐにここを出発するのだ。

 起床の鐘を鳴らすと、居り組も全員天幕前に整列する。補充兵たちは昨日も壕を掘っていたので、疲労から眠そうな顔をしているものもいる。

「全体整列!」隊列ができるのを確認して号令をかける。「全体気をつけ!」

 いつもならストルコムの仕事だが、今日は私自身が号令をかける。

「全体休め」

 兵士たちは緊張を解いた。

「おはよう。今日はこのチュナム集落から、私たちの仲間がターボルに戻ることになった。皆が一致団結したことで、私たちは鬼角族を撃退し、大きな戦果をあげることができた」

 ユリアンカがいないことを目で確認する。鬼角族と呼ばれることを、兄のハーラントとともにとても嫌っているからだ。

「今回の成果で、ストルコム君は正式に小隊長に任命されることになった。新しい士官を祝福してほしい」

 パラパラと拍手が鳴る。自分たちと同じ立場だったものが、士官になることへのやっかみもあるのだろう。

「そして、ここを去り行く皆には、以前約束した二度の戦勝による戦利品を分配したい」

 場の空気が変わった。まさか、この土壇場でこのようなことをいい出すとは思っていなかったのだろう。

「ここを去る兵士には、各正銀貨一枚を分配する。残るものには、また後日だ」

 報奨金をすべて分配するので、残留組に分配する金はなくなってしまうが、そのことはまた後で考えることにした。

「それでは、ターボルに戻るものは一歩前に」

 うれしそうに、帰還組は隊列から前に出た。

 一人一人に正銀貨を渡しながら、力いっぱい手を握る。

 笑顔のもの、しんみりとするもの、表情は人それぞれだ。ディスタンは涙を流していた。

 全員に報奨金を分配し終わると、ストルコムの銅鑼声が響きわたる。

「ローハン隊長万歳!万歳!万歳!」

 ストルコムたちのチュナム集落での任務は終わったのだ。

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