混戦

 騎兵の利点は、その移動速度だけでなく、歩兵と比べると高い場所から戦場を俯瞰できるということである。

 予想外の羊たちの突撃に本隊が苦戦してるのを見ると、左右に展開した騎兵たちは、こちらの槍兵隊を側面から攻撃するのをあきらめ、黒鼻族の側面に突撃をしかけた。

 最前列の超モコモコ羊に天然の鎧を譲り渡し、薄桃色の地肌をさらした投槍隊の羊たちは斬りつけられると簡単に悲鳴をあげて倒れていく。

 混乱の中で優勢だった羊たちは、一転窮地に追い込まれたが、その時ストルコムの声が戦場に響き渡った。

「槍兵隊突撃! 敵の横っ腹にひと槍くれてやれ」

 羊の部隊に横槍を入れた敵の騎兵に、今度はこちらの槍兵隊が横槍を入れる。

 走ってこその騎兵が、止まって斬りつけているところを横から攻撃されたのだからたまらない。今度は馬上の鬼角族たちがバタバタと突き落されていく。

 戦場は混乱し、どこで誰がなにをしてるのかわからない状態となった。その機動力を使って鬼角族達はいったん戦場を離脱し、再度隊列を組みなおせば十分に勝機はあっただろう。

 混沌が最高潮に達したとき、敵の右翼の方向から、カタカタという間抜けな音を響かせながら、こちらの戦車チャリオットがあらわれた。荷馬車の駄馬を駿馬にかえ、御者、弓手、槍手の三人を乗せただけのものだ。いにしえの戦車とは似ても似つかないものだが、車輪には鬼角族の大太刀が結わえられ、不用意に近づくと危険であることは誰でもわかる。しかし、戦車はたった五台であり、その速度は遅かった。通常の戦場ではなんの役にも立たなかっただろうが、混戦のなかに現れた戦車は戦場をさらにかき乱した。

 こうなると、いかに優れた指揮官であってもなにもできない。いわんや、後方で棒立ちになってガタガタ震えている私に、なにかできるわけがない。どちらに勝利の天秤が傾いても不思議ではなく、天秤のおもりにもなれない自分の無能さが情けなかった。作戦を立てたのは私なのに、仲間たちとともに戦うことができない。神の贈物ギフトは呪いなのか。

 ところが、次の瞬間戦場の空気が一変していることに気がついた。

 さきほどまで飛び交っていた怒声は鳴りを潜め、空気を読めない羊たちのメエメエという鳴き声以外は静まり返っているのだ。

 いや、きき覚えのある声がきこえる。

 ことばの意味はわからないが、あれは間違いなくハーラントの声だ。

 その声に耳を澄ましていると、今度は人間のことばでハーラントが怒鳴っているのがはっきりときこえた。

「簒奪者は討ち取った! これがその首だ! すべてのキンネクは我のもとにひれ伏せ! おい、人間と羊も戦闘をやめろ!」

 大太刀の腕前自慢は嘘でなかったようだ。混乱の中で、ハーラントは見事に弟を討ち取った。これで戦いは終わる。残念なのは、ハーラントが一騎打ちで弟を倒したのであれば、私たちのがずっと少なくなってしまうことぐらいか。

 すぐにストルコムの戦闘中止の銅鑼声が響き渡り、ヤビツも鳴き声で戦闘終了を伝えているのがきこえる。ガクガク笑っていた膝から、少しずつ震えが消えていった。

 どれくらいの兵士が死んだのだろうか。

 特に被害が大きいのは羊たちだろう。

 もちろん、鬼角族もたくさん命を失ったはずだ。

 おそらく、私たち人間の兵士が一番死傷者が少ないのではないか。

 黒鼻族と鬼角族、双方から恨みを買うようなことになる可能性を頭の片隅に入れておく。

 どちらにしろ、戦いを終わらせるために私もハーラントのほうにむかわなければ――。

 一歩踏み出そうとした足が、動かなかった。

 低いうなり声とともに、一人の鬼角族の騎兵が私のほうへまっすぐ駆け出していたのだ。

 敵の指揮官を殺すことで戦いが終わるのなら、こちらの指揮官である私を殺せば、この争いはふりだしに戻るとでも考えたのだろうか。

 ここには、命を捨てて私を守ってくれたマヌエレも、偉丈夫のホエテテもいなかった。

 静かに瞼を閉じた。

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