責任

 ハーラントとの話し合いは有意義なものだった。

 族長が死んだあと、キンネクでは二十八日の喪に服することになるという。そのあいだは、戦争もおこなわない。つまり、まだ二十日以上の余裕がある。

 族長の死には徹底的な報復が求められる。さらに、新族長のミゼンラントはハーラントから族長の地位を奪ったのだから、その地位を確立するためにもただ勝つだけではなく圧倒的な勝利が必要になるはずだ。

 騎兵の機動力を生かしてチュナム集落を四方から急襲したり、夜間に奇襲をしかけるような作戦をとられれば、私たちが勝つ可能性はなかっただろうが、正々堂々と正面から攻撃する以外の道を選ぶことはないだろう。

 キンネクは全体で約五百人おり、そのうち兵士として戦えるのが約三百。前回の戦いで四十人を失い、ハーラントとともに逃げ出した戦士が二十人。敵の最大数は二百四十となる。

 つまり、いつ、どのくらいの数で、どのように攻撃されるか私たちにはわかっているわけだ。

 それでも槍兵六十、ハーラントの騎兵二十、黒鼻族が動員できて百二十くらいだから、こちらの総兵力は二百名にしかすぎない。

 勝つために必要なものはなにか。

 私たちはなにを準備すればいいのか。

 失敗すれば、すべてが失われることになる。


「教官殿、鬼角族の指揮官と一対一で戦って相手をひねりつぶしたんですって?」

 翌日戻ってきたストルコムは、開口一番大声でわめいた。

「ひねりつぶしてない。勝敗は紙一重だった。ギリギリで勝ちを拾っただけだよ」そういいながら手を左右にふる。「それより、増援はどうだった」

「わかりません。教官殿への手紙を預かっていますので、そちらをご覧ください。防御柵用の木は、前と同じくらいですね。やじりはたっぷり買いこんできましたし、例の依頼品は鍛冶屋につくってもらいました。それで少し遅れてしまったんです」

 手紙を受け取り、その場で開封する。


ローハン・ザロフ小隊長へ

 勝利の報告をきいた、おめでとう。この勝利は、チュナム守備隊はじまって以来の大成果だ。

 敵の反撃が予想されるということだが、現状では一個小隊以上の増援は不可能だ。

 二個小隊で防衛が不可能なら、チュナムからの撤退も検討する。至急連絡をほしい。

 馬防柵用の木材は、前回と同じ程度しか準備できない。当地でも木材は貴重品である。

 戦利品については、規定通り作戦の最高責任者であった君に権利があるから、帰りの馬車に乗せて送ってくれればよい。

 テーア・ワビ


 大隊が完全に充足しているとしても兵士の総数は五百四十人だから、百二十人は総兵力の九分の二になる。また、百八十名だと指揮官は中隊長になるので、百二十名は私が指揮がとれる最大人数だ。

 守るのが不可能なら、撤退してもかまわないというのも異例の命令だろう。少なくとも、ワビ大隊長は私を見捨てる気はないということはわかる。

 個人的なつきあいはないから、ローセノフ中隊長がおそらく手をまわしてくれたに違いない。

 兵士のことを考えれば、撤退するのが一番の方策だろう。数字の上では、この集落を守ることは困難だ。

 だが、私たちが撤退すれば黒鼻族たちはどうなるのだろうか。投槍を置いていったとしても、鬼角族に蹂躙されて全員殺される可能性もある。

 優秀な騎兵であるハーラントたちは、場合によって傭兵としてターボルに暮らすことを許されるかもしれないが、人間の暮らす町へ逃げることを良しとしないかもしれない。そう考えると、妹を人身御供にしてでも私との個人的関係をつくろうとしたこともうなずける。

 もしこの戦いに勝つことができれば、ハーラントが生きている限りチュナム集落の安全は保障されるだろう。長い目で見れば、人命の損失をおさえることができるかもしれない。

 ワビ大隊長の命令は、すべて私の判断にゆだねるということだ。

 勝利も敗北も、兵士の死も、羊たちの命も、鬼角族の命運も、私の決断によって決まるのだ。

 ああ、責任とはなんと恐ろしいものなのだろうか。

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