vs異世界鼬

 西暦一九二二年。私が生きてた時代。

 今は西暦二〇XX年。大体百年ほど未来に私は飛ばされてしまったらしい。這い寄る混沌め、あいつのせいで私はこれからどうしていいかわからなくなった。


 憤りつつ見慣れぬ未来の日本の街並みに感動しながら途方に暮れていると黒服の怪しい男が私に接触してきた。


 曰く、当面の生活費と宿を提供するから仕事を請け負ってほしいとのこと。出来ることもやれることも限られている以上、仕方なしに了承したのがつい一週間前の事だったか。

 車やら馬鹿でかい航空機やらに乗せられて、気が付いたらここにいた。


 仕事内容を一通り説明された後、色々契約書にはサインさせられた。それから与えられた私室で穀潰しのような生活が始まる。


 待ってるだけでご飯が出てくるんだもの。楽な仕事よね――なんて言いながら一週間飲んだくれてたら本日午前九時に黒服からのラブコール。



 どうやらようやく仕事らしい。



 そうして控え室に案内されたのが今しがたのことだ。


 中には既に、何人かの男女が各々好き好きに行動していた。



 幼女を膝に乗せた……なんだろ、あれ犬? 狐? よくわかんないもふもふと日本人がお茶を啜ってるのが見える。……自分で言ってて意味わからない。

 というか野郎はどうでもいい。あの子達可愛い。日本人形とフランス人形みたい。ちょこんと御行儀よく座ってて、お利口さんだ。撫でてあげたい。

 言葉通じてるのかよくわからないけどあやとりしてる。可愛いね。お姉さんも混ぜて欲しい。


 もう一人ちっちゃい子がいるんだけどおしゃまさんなのかな? お姉さんぶってるのか難しそうな異国語の本を読んでる。こっちもよしよししてあげたい。


 黒い海兵の服を着た女の子は私と身長が同じくらいか少し高めだけど、顔つきを見ると私より若そう。こっちに飛ばされた時も思ったけどこの時代の子って発育良いなあ。みんな白人みたいに背が高いし、おっぱい大きいし。あれじゃ和服着る時大変そう。


 それであっちの当の白人は無造作に金髪を乱してソファに寝っ転がっている。足ながー……胸は私と同じくらいだけど明らかにたっぱが別次元だった。


 そうそう、発育が良いと言えばあの子。あのちょっと健康的に日焼けしたあの子。でっか、乳でっか。服の中に西瓜すいかでもつめてるのかな? 外つ国の人はいろんなとこがでっかいのは相変わらずなのね。


 あと、こっちの顔面蒼白の子は……なんだろう? 見た目は普通だけどすごく違和感を感じる。この子、人なのかな? なんて失礼な感想が過ぎってしまう程度には。さっきの亜人みたいに見た目からじゃあわからない。強いて言うなら……死体が動いてる、みたいな。……うん、失礼過ぎるかな。




 ――ベチャッ!! 不意に何か生々しい音が聞こえた。そちらを振り返れば硝子張りの壁が真っ赤に染まっていて、臓物が生々しく張り付いている。



 幼女たちの保護者はきっちり彼女たちを目隠していた。良き良き。いい判断だ。やってなかったら私がやってた。……ちょっと惜しい。


「何事かね……?」


 硝子の壁に近づくと血痕の隙間から何かが見える。千手観音みたいな何かが異形の化け物を撲殺している様子。他の参加者に聞いてみればどうもあれは異分子らしい。

 本当に大丈夫なんだろうか、この施設。少し不安になった。物理的にも機密的にも。




 ――――――――――




 やがて、処理が終わったらしく真っ先に自分の名前呼ばれた。一番槍は慣れてはいるけど少し気恥しさがあるのが難点だと思う。



 分厚い鋼鉄の隔壁が降りるとただっぴろい部屋が私を出迎えた至る所から視線を感じ、何某かに覗かれている、そんな感じがして余り落ち着かない。虫かごに放り込まれたカブトムシかクワガタになった気分。

 部屋の、丁度反対側にはこちらと同様に隔壁があってその奥から奇妙な出で立ちの男がのそりとした調子で部屋に入ってきた。


 互いに歩み寄る。かつこつと鉄板が仕込まれた軍靴と小洒落た真っ白い革靴がのっぺりとした床を叩く。


 やがてどちらともなく立ち止まる。その男は真っ白い男だった。語彙力もへったくれもない雑な感想だけど実際そうなんだから仕方がない。

 真っ白な肌、真っ白な髪、真っ白な衣服。そこに浮かぶ真紅の双眸と三日月のように裂けた口元からはえも言われぬ色気を感じてゾクリとするも垂れ下がった短め腕の先から、刀か何かみたいに伸びる長い鉤爪が本来あるべき人間としての像を徹底的に歪めている。


 ……いや、そもそも、これは人外か。むしろ人間に近い生体を持っている事の方に驚嘆するべきだったのかもしれない。



「こんにちはマドモアゼル。今宵は私を選んでいただき誠にありがとうございます」



 流暢な日本語で頭を下げる真っ白い男は恭しく頭を下げた。なんとも薄っぺらいお辞儀であろう? 心にも無いことをよく平気でそんな風に言えるものだ。

 気づいているかしら? さっきから貴方半笑いよ?


 ――とはいえ、挨拶をされたのだから挨拶で返すのが皇国人だ。素直に返してやるとしよう。


「御機嫌ようミスター。一緒にダンスでも踊ってくれるのかしら? 私、ダンス一つしか踊れないのだけど、それでもよろしくて?」

「これは奇遇。私も一つしか踊れません」

「予想がつくわ」

「これまた奇遇。私もです」

「じゃあ答え合わせをしましょうか」

「それは名案だ」



「「死の舞踏ダンス・マカブル」」



 軍用拳銃の引き金を引くと同時に火蓋は切って落とされる。戦塵のみぎり。私達は本当に自己中心的な殺し合いを始めた。



 私は金。あいつは……多分、殺し合いそのものといったところだろうか。ああいう狂人の類とは何度か相対したことがある。そいつらと同じ顔をしてる。そういう連中に限って根性のない奴が多いイメージだけど、果たして彼はその歪んだ性癖に見合う意志力があるのかしら?



 軍用拳銃から放たれた弾丸は音を置き去りにしながら男の眉間へと一直線突き進む。しかし、彼はそれを手刀で弾いて見せた。出血は無い。だが着込んでいた衣服の袖口が破れ、その奥に白い硬質的な素材の手甲が確認できた。


 続けてさらに弾を撃ち込む。頭蓋と喉を狙ったものは弾かれ、残りはそこから下を狙う。――が、彼は特に防御行動すら取らないままであった。

 直撃はした。したが、無傷であった。


 どうやら衣服の下に全身を鎧か何かみたいで覆っているのか、もしくは何らかの力で肉体を硬質化させているのか、首と頭をわざわざ防いでいるあたり前者か。


「次はこちらから」


 一瞬、視界から失せる。彼の白い体がこの真っ白い部屋に同化していたらしい。いわゆる保護色というやつ。私は間合いの奥深くに入り込まれてしまった。

 刀のような鉤爪がぎらりと瞬くのが見えて、咄嗟に軍刀を引き抜いて迎撃するも僅かに遅かった。


 腰深くねじり込んでからの一撃は凄まじく重く、現人神の膂力を持ってしても完全に防ぎ切ることはできなかった。

 鉤爪の刃先が左脇腹に深々と突き刺さっていた。


 後一歩、判断が遅れていたら、上半身と下半身が分かたれていたことだろう。



「大した膂力。それに度胸もある。その上、深手を負って尚、悲鳴もあげない。いい女だ」

「生憎私は明治生まれでね。平和な現代人とは肝の座り方が違う。それにこれでもシベリア帰りなの。ただの女だと思うと痛い目見るから」

「百年近くも前の人間がなんでこんな所にいるのかはとやかく問わないが、戦争屋というのは魔性退治も生業なのかね」

「荒事ならなんでもするのよ、軍人って言うのは」


 まあ私の場合は軍人の前に“元”が付くわけだけど。


「それより、あんた強いね。ちょっと舐めてたかも」


 刃が零れた軍刀を投げ捨てて、腰にぶら下げていた鋼の手甲を嵌め込む。

 神器・雄略ゆうりゃく。軍に所属していた頃上から授けられた手甲型の神器。これでないと、私の異能いのりに武装が持ちこたえてくれない。


「鬼道発現ッ――“暗土重栓あんどじゅうせん”」


 我が祈りは何よりも重い。この星よりも、この世の何よりも。


「ぶっ潰れなさい――」


 瞬間、衝撃が走る。局地的重力子変動。白い男はいち早くその異常現象を察知して、逃れ出ようとするも、もう遅い――


「っ――!?」


 右腕がもがれる。重力子変動によって瞬間的に現れた特異点が白い男の右腕を押し潰したのだ。


「……なるほど、面白いッ!!」


 彼はそう言って左手の鉤爪を引っ込めると、何らかの術を使って馬鹿みたいに大きな鎌を口寄せする。

 身の丈を遥かに超える純白の鎌の刃先は夥しい量の生き血を吸い上げたのであろう、赤黒くくすんでいた。



「恋い焦がれて止まぬその強者の魂。それを存分に味あわせてくれぇっ!!」



 雄叫びをあげながら白い男が大鎌を振りかざす。尋常でない風切り音と共に斬撃が叩き込まれる。横薙ぎの一撃。雄略でそれを防ぐも余りの一撃の重さに私の体は鞠か何かみたいに大きく吹き飛ばされる。

 のっぺりとした床を二度、三度と刎ねたところで腹部に激痛が走った。一瞬、視界の端に映ったのは真っ白な男の、実に楽し気な顔である。


 直後、私の体は更に彼方に吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた。


「女を、蹴り飛ば、すなんて、酷い人……」


 言葉を発するたび、呼吸するたび、血が吐瀉物の様に口から零れる。どこかの内臓が潰れでもしたかな?

 なんて言ってると白い男がゆっくりと、私の前に立った。


「お前は良い。強い人間は好きだ。だが、お前よりも私の方が強い。だから――私に殺されろ、女」


 振るわれる白い大鎌、煌めいて。咄嗟に雄略で防衛を試みるも、ずぶり、右胸部に、その大きな刃が突き刺さる。


「心の臓を狙ったつもりだったが……まあいい。お前達にとっては致命傷だろう」


 ええ、そうね。致命傷よ? こんなに血を流したら普通死ぬ。そういう契約だったし、死ぬことについて怒りは無い。


 ただ、こいつは少し見誤っている。



 私は、


「な、めるな……!!」


 大鎌を砕き、雄略にありったけ、祈りを込める。私の祈りは何よりも重い。打ち砕けぬものなど無いと信ずるが故。


「ぶ、っ、飛、ばす――!!」


 右の拳を限界まで握りしめ、思い切り男の腹に叩き込む。ゴリゴリッと小気味よく何かが砕ける音。男は鮮血を吐き散らして反対側の壁に叩き付けられる。


 私は超人だ。祈りという異能の力を持っているから、というだけではない。純粋に人体の強度がただの人間とは一線を画している。この傷も、治るわけではないが生命活動を著しく阻害するものではない。


 故に私は悠然と立ち上がる。男の顔から初めて喜色が失せた。驚愕に染まった顔。初めてだったんだろう。こうなってまで立ち上がる人間を見たのは。

 だけど、そんな風に驚いている暇は与えない。


 一気に駆け出し、止めを刺しに行く。



「チィッ――」



 刹那、呪力が流れるのを感じる。


 何某かの術を使うつもりか?


 僅かに警戒しつつ、更に一歩踏み込む。同時に、世界が反転する。




 ――結界、異界。言の葉で語るにはこの光景は余りにも凄惨に過ぎる。怨嗟と絶望の声。それらの感情が怒涛の如く押し寄せる。死にたくない、殺さないで、助けてくれ。あの白い男に殺された者達の、その末路を無理矢理脳みそに叩き込まれる。


「……普通の人間に対してやるなら効果的かもね。でも、私には悪手でしかないわよ、これ」


 私は足を止めない。地獄なら戦場でとうに見た。ああ、舐めるなよ怪物。こんなものを見せて、自分が刈り取ってきた命が終わる様を見せつけて、勲章のつもりか? 武威のつもりか? 吐き気がする。


 私の拳はこの程度では止まらない。仲間、戦友達の死を乗り越えてきた私にとって、こんなものぬるま湯でしかない。


「不愉快なものを見せてくれたわね――糞野郎!!」


 ありったけの祈りを込めた拳が男の肉体を貫いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

篠宮千栞 蜂蜜 最中 @houzukisaku0216

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ