悲しい責任


「ココリエ様、無理だけは」


「……大丈夫だ。その、多分」


「遠慮なさらなくていいんですぜ? 俺たちに任せてくださっても全然。だってココリエ様はあいつと近すぎたっていうかあの、あ~、アレですよ、アレ!」


「……イミフ、と言われそうだな」


 ココリエの自嘲を含んだ言葉にふたりの武士はなにも言えなくなる。いつも、言っていたサイの口癖。イミフ。それを口にし、その上で心を殺してサイを抹殺する。


 ……どんなに、どれほど苦しいだろう。愛おしい女性を殺す為に計画を練らねばならないのは。そして、責任者として在るのはどれほど辛いことだろうか、とセツキもケンゴクもココリエを気遣う。それくらいふたりは仲がよかったし、近しかった、親しかった。


 サイの方に自覚はないのだろうが、お互いに惹かれあい、秘密の恋心を持っていたふたりなのに。どうしてこうなってしまったのだろうか、とふたりは世を呪った。


 残酷にもほどがある、バカ畜生、と。ココリエには釘を刺していたようだが、サイにはどうだったのだろうか、とふたりは主君であるファバルの残酷のほどを悲しんだ。


 息子の未来の為、サイの自覚なき恋心を踏み躙ったか。相手の気持ちを察するという意味合いでの勘の鋭さは、鈍感具合はふたりどっこいどっこいだが、サイの方がより性質が悪い。なにしろ好意を知らないのだから。ずっと、誰からも好かれることなく在った娘。


 好き嫌いはある程度はっきりして示すが、それは一般に限ったこと。こと恋愛となると話がころっと変わり、サイはちんぷんかんぷんになってしまう。殺意と共に世界の残酷の中で育った。ココリエのように大切に育てられていない。ふたりの大きな違い。


 だからサイは向けられる好意も自らの中に息づく好意も理解できない。きっとこれでもかと授業してやればわかるかもしれないが、することはけっしてない。


「みなに早く休むよう言ってくれ」


「ココリエ様……」


「セツキ、頼む」


「……今後のこともあります。ほどほどにしましょう。それを守っていただけますね?」


「ああ、わかっている。サイを相手にするのだ。疲労して挑んでは阿呆の極みだからな」


 サイ。その名を口にする度、ココリエは落ち込んでいっているように思えた。きっと気のせいなのだが、ココリエの声が持つ暗さを思うとどうしようもなさに胸苦しくなる。


 それにココリエは意図的にサイの名を口にしないようにしている。口にしてはそれだけ未練と絶望が募ってしまう。直感でそうしているココリエだから指摘しない。


 その後、ココリエはセツキに対サイを想定した鍛練を施してもらい、なんとか心を鬼にしようと努力した。痛々しかった。それでもココリエは努力し続けた。嗚咽と涙を堪え、自我を封じて、陽が暮れるまでセツキに鍛練、稽古をつけてもらったのだった。


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