最高峰の医師に提案


「ジグスエント、ちぃと面貸しな」


「セネミス? 今は遠慮して」


「可愛いサイがおめえに折り入って」


「すぐいきます」


 おい。とサイが思ったのは内緒。セネミスには遠慮しろと言っておいてサイの名がでてくるなり態度を変えるのは失礼と違うか? だが、セネミスは気にしていないようだ。


 普通ちょっとは怒らないか? とか、考えていると天幕からジグスエントがでてきた。


 医師であり王の男は目の下を青黒くしているので、ファバルからの無茶要求で徹夜したのかも。だが、サイを見た男はにっこり笑う。その表情は愛しいひとに会えたことへの喜び。心配安心云々はない。なので、ココリエはサイのことを誰にも言っていないようだ。


「サイ、とうとうわたくしの想いが」


「バカ言ってねえでサイの話を聞けボケ」


 サイに早速妄言を吐こうとしたのをセネミスがひどめに突っ込んで遮った。そしてサイの背を押して「あとは自分で言いな」してきたので、サイは深呼吸してジグスエントによく見えるように本を顔の高さに持つ。


 ジグスエントは当然意味がわからない様子でいたが、本の表題を読んでさらに首を傾げた。最新医学ってこんな汚い古ぼけ本が? というのがすごくよく伝わってくる。


「百年以上前に五冊だけ刷られた医学書だが、苦病の治療方法が載っている。試してみないか、な、と思ったのだがいやなら」


「なんですって!?」


「ああっバカ! ボロ本なんだから丁寧に扱え! ばらしたらお前をばらすぞ!?」


「サイ、物騒すぎるぜ」


 ボソッとセネミスが呟いたが、サイもジグスエントもスルーした。サイに丁寧に、と言われたのでジグスエントはそっとサイから本を預かって、印のついているページをたどり、そのあとは無言で読んでいく。


 やがて、徐々にジグスエントの表情に喜色が満ちていき、目がキラキラ輝いていく。


 どうも彼にとっても画期的な治療方法が載っていたらしい。ジグスエントが必要なものをぶつぶつ言っていき、やがて眉間に皺を寄せていく。彼の唇はサイの読唇術が正しければ「霊水」と言っている。そこでサイはピンと閃き、ジグスエントに水筒を差しだした。


「サイ、もしや」


「おそらく、そうだ」


「では、残る問題は闇属性ですね」


 ん? とサイが思ったのは当たり前。なんで闇属性が要るんだ? というのと、ここにいるし、というの両方が詰まった疑問符。ジグスエントは神妙に言葉を紡ぐ。


「闇属性保有者が呪を行使しなければならないようです。悪しきものを暗闇にて祓えと」


「どんな呪だ?」


「? ……。まさか、サイ、あなた闇属性なのですか? いえ、そうだとしてなぜマナ」


「まな?」


「いえ、今は関係ないですね。穢れを祓う類の呪ですがなにか心当たりは?」


「……。ある、かも?」


「恐ろしく微妙だな、どしたい?」


「いや、知らない筈なのだが、今それらしきものが脳にすーっと流れてきたというか、思いだした? いや、知っている? どっちでもいいが、なんか知っているっぽい」


「では、これでができますっ」


「苦病は」


「はい。治療方法がない病として有名です。本当の初期も初期に限って病巣を取ってその後、養生すれば十年ばかり生きられると言われる病で、通常は苦痛緩和を行います」


 ジグスエントの神妙な表情から今までに苦痛緩和で死を見届けてきた患者が多く、数え切れないほどいるのだ。その中にルィルシエを加えたくないファバルの我儘でなんとか治療法を確立できないかと思っていたようだが、意外なところで発見があって嬉しそうだ。


 だが、この本にあるのは所詮机上の空論。現実にできなければ意味がない。ただ現実にできたとしたなら偉業もびっくりである。だが、ジグスエントの頭に偉業云々はないらしく、これで助かるとばかり安堵の色がある。


「ファバルか」


「ええ、まったく親バカもあそこまでいけば天晴ですよ。ずっとつきっきりで。ご自分の健診も受けずで担当医が困っていましたが、途中からなにかいいことがあったのか妙にご機嫌で気持ち悪いで……サイ? どうしました? 顔色が悪いですが、具合でも」


「いや、なんでもない」


 サイとセネミスは顔を見あわせてひとつの結論に達した。あの男、サイに獣害自殺を持ちかけた男がファバルに接触した可能性がでてきたとなれば、今ファバルに姿を見られるのはまずい。生きて戻ったとなればあの王がなにを言うか、するか予測不可能。


 ひとつ確実なこととして責められることは間違いない。しかし、それでまたコウケンの森にいけと言われてもアカツキが味方してくれている、助けてくれるので無意味。


 そのことも含めて苛立ちの種となっているのだろうが、それでも無理は無理だ。


 なので、サイはジグスエントに目で訊ねる。今すぐ処置が可能かどうか。ジグスエントはサイがなにか隠しているのを感じても触れないでいてくれる気なのか汲んで頷いた。


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