いや~な再会とお助け
「白衣の者は医師か?」
「ん? いや、助手も白衣を着ている。少し装飾などは違うが医療従事者は白衣だ」
「ふむ……?」
ココリエが急に話しかけもとい質問してきたサイにどうした? というような目を向けたがサイは脇を忙しそうに走り去っていった白衣の背を気のせいでなければ睨んでいる。
変わった白衣者だった。赤い髪をしているので海外から出向してきてくれた有能な医師なのかもしれないが、それにしてはちょっと動きが医師らしからぬ。機敏というか身が軽いような気がした。そう、まるで海外者でも忍のような身軽さを持っている気が……。
「あららん?」
そうこうと思っていると脇を駆け抜けていった白衣が戻ってきた。一瞬で。これにココリエはびっくりしたがサイは驚きの欠片も見せずに拳骨を振りかぶって即打ちだした。
すさまじい風切り音がしたが、相手の白衣は間一髪サイの殺人拳を躱していた。
これは普通じゃない。やはりこいつはただの医療従事者ではない、と確信しているココリエの隣を誰かが通ってサイの、前方にいる者を警戒している女戦士の背にくっついた。
「ああ、これは素晴らしいご褒美ですね」
びくぅっ!? とサイが飛びあがって条件反射的に肘を打ちだしたが、サイの背に張りつく誰かさんは予想していたようにサイの肘をそっと包んでおろさせた。
「ジーク様ってば手が早いんだから~」
「当然。久しぶりに再会した可愛いわたくしのサイですから。ほら、感極まって震えて」
「えーっと、俺の方から見えるサイちゃんの目は極大の嫌悪に染まっていますけど?」
「気のせいでしょう。ね、サイ?」
「ひ、い、ちょ、ココリエっ!」
サイの悲鳴。びっくりしすぎて、肘鉄は条件反射で打ちだせても背にひっついている者の名前というか正体に心当たりができては動けない。なにしろそのひとはサイの悪夢だ。
「ジ、ジグスエント、殿?」
「はい? おや、ココリエ王子。……。ふむ、王族の健診にサイが護衛も兼ねて同道したといったところでしょうか? それはそれは、なんとお礼を申しあげればよいやら」
お礼を申しあげたい、と言いつつサイの悪夢、北国最大の国土と都を持つオルボウルの王ジグスエント・クートはサイにお触り、セクハラを堂々とかましまくっている。
サイは硬直がとけず、というのとそれとなく気を利かせたジグスエントの飼う忍ハクハがサイの両手足を押さえて抵抗を封じている。器用なことに両手だけでサイを拘束している。そのせいで身動きが取れないサイはココリエに「助けろ」と視線で救援要請。
珍しいサイに驚くココリエだが、すぐジグスエントのお触りしている手を捕まえてサイから引き剝がした。これに当然ジグスエントは不機嫌になる。同性ながら惚れ惚れする美貌の王は瞳に剣を宿し、青年を睨む。
「なんです? これからがよいところ」
「医療の国たるカシウアザンカにいったいあなたはなにをしに来ているのですか!?」
「仕方ありません。目の前にサイがいるのです。触れあいたいと思うのは当然でしょう」
「なにが触れあいたいですか。いやがっている女性に無理矢理触るのは痴漢です!」
「……ほう? しばらく見ない間に言うようになりましたね、ココリエ王子」
「あなたは相変わらずサイの気持ちを無視しまくっておいでですね、ジグスエント殿」
王族ふたりの舌戦。サイはココリエの論にまったくもってその通り、と頷くが、ジグスエントが喋っている時にはむすっとしついでに「あーあ」という顔で一瞬以下の間気を抜いたハクハの顎に凶悪な膝蹴りを繰りだしてジャストミートアンドノックアウトした。
あとはジグスエントを振り払うだけ。なのだが、どういうことになっているのかジグスエントはサイの体に複雑極めて腕をまわしている。これは折るしかないか、とサイが思っていると意外な声と手が助けを寄越してきた。ジグスエントの腕に触れる華奢な手指。
「それくらいにしやがれや、ジグスエント。あとうっせえぜ、おめえら。迷惑だ」
「おや、セネミスではありませんか」
「なんでえ、わっちがここにいるとなにか不都合かい? ジグスエント。いい加減サイへの痴漢行為をやめねえとわっちが素敵な贈りもんをくれてやるが、どうする?」
「セネミス、洒落になっていませんよ?」
「なに言ってやがんでえ。素敵な洒落だろ」
セネミスの素晴らしく邪悪で素敵すぎる洒落にはさすがのジグスエントもおとなしく退くしかない。それくらいセネミスの呪詛師としての悪名は轟き、意味を持っている。
琴線に触れたが最後、というより最期となってしまうのである。賢明なジグスエントがサイを解放し、サイは一目散にココリエの背を目指し、素早く青年を盾にした。
その上で、セネミスに目で感謝を告げる。
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