もう一個の問題


 そして、もうひとつの問題はルィルシエ王女。チモクが言っていた「セツキに春」という話がまさかここに繫がるとは思ってもみなかったようで動揺しっ放しの彼女はサイを問い詰めることもセツキに訊いてみることもできずでもだもだしていた。


 だってそう、どっちも怖いから。サイにそんなことを訊いたら余裕で叩かれるし、セツキに訊いても事実無根だった場合、くだらないことを訊く暇があれば勉強を、と勉強増量刑に処されるかもしれない。だから、ルィルシエはココリエを頼った。


 兄ならなにか知っているかも、と思ったか、兄なら代理で訊いてみてくれるかもしれないと考えたのか……だが、結果は空振り。いや、ばかりかココリエはいつもならしないのにセツキばりの剣幕でルィルシエにお説教をした。


 「くだらないことにかまけている暇があれば少しでも勉強しろ! そんなことだからサイに女としてすべて負けるのだ」とかなんとか。お説教なクセに途中からサイお得意の暴言がひょっこり顔をだしまくった不思議。とりあえず学んだ。ココリエも結構怖い。


「ルィルシエはそっちにいったか?」


「いえ。ココリエ様が雷を落としたらしく」


「ココリエが? その演習中に雷雨にならんといいがな。おかしなこともあるものだ」


「……そう、ですね」


「本当に大丈夫か、セツキ?」


「大丈夫ですよ、サイ。ご心配、どうも」


 ココリエが席を外している時に来てしまったのでココリエの執務室にセツキとサイ、噂のふたりが一緒というこの状況はよろしくない。誰かに知られたら……。


 バカバカしい心配なのは知れている。セツキが一番知っている。セツキがどこで誰となにをしようとそれはセツキの自由だ。節度さえ守れば咎められる方がおかしい。


 それなのに過剰な意識をしてしまうのはどうしようもない心のせいだ、というのも知っている。いつからなってしまったのかわからない。ただ、気づいたらなってしまっていた。そのことで責めるべきをセツキは知らない。わからない。


「演習にでるのは誰か? 他国へいくなら」


「! あ、あ、その、忘れていました。同道する者の一覧です。不備があれば遠慮なく」


「……」


「すみません。つい、うっかり」


「……。まあ、誰にでもある。気に病むな」


 言いつつサイはセツキが渡してくれた木簡を広げて中を検めていく。女は真剣な表情、というか瞳で木簡の中をさっと眺め、途中の何人かに筆でバッテンをつけて「なし」と記していく。そして、木簡の最後に「カザオニは城に残して仕事をさせる」と書いた。


「なぜ、カザオニは」


「どこでやるにしろ、不吉な噂のある者がいくというのは相手側にしてみればあまり気持ちのよいものではないだろう。カザオニの穴は私が埋める。隠密行動は得意だ」


「この者たちを同道させないのは」


「他国での非常時に備えるに練度が足りぬ者を同道させては足手まといだ。いっそ残せ」


「……。なるほど。勉強になります」


「お前が私からなにを学ぶか」


「誰からでも学べるものは吸収させていただきます。そうしてすべてに備えるのです」


 言って、セツキは今度こそ踵を返し、ココリエの終えた仕事を両手に持って部屋を辞していった。セツキがでていってしばらくし、ココリエが戻ってきた。


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