なにがどうしてそんな話に?


 それにあまりサイの前でみっともない姿をさらさせるのは酷だと気遣ったのだ。ただでさえ軽んじられているのに。それに、ココリエの気持ちを思えばこそ……。


 サイは知らないが以前にも城にチモクが来たことは幾度となくあった。前触れもなく唐突に。そこではじめてココリエも洗礼を受け、ついでに正座の餌食になった。


 「ファバルの子じゃと!? 嘘つけ、できが悪いにもほどがあるわい!」と言われ、延々お説教がくだった。もっと精進しろとか素質がそもそもないかもしれないとか、散々に言われまくってココリエ的に少しトラウマちっくだ。……ああ、血を感じる。


 セツキのお説教癖はチモクから譲られたに違いない。絶対そうだ、とその時ココリエはこっそり思ったのだった。


 ファバルはチモクの説教を笑っていたがココリエは真っ赤だった。自覚があっただけ余計にぐっさりだ。才能豊かな父と比べないでほしい。と、心のどこかで思っていただけに余計にはっきり言われすぎて泣きそうになった。


 まあ、今となってはもっとぐさっと言うのがいるんだけどね。と、ココリエは立ちあがってサイを見た。女戦士は瞑目して立っている。だが、わかる。チモクがまたなにか仕掛けようものなら今度は応戦して……。


「セツキ、この娘を嫁にもらえ!」


「……は?」


 突然の叫び。チモクの大声がなにかとんでもないことを言っているのはわかったが、とてもじゃないが理解できない。耳と脳が理解というか情報受け取りを拒否なさった。


 セツキも、チモクの破天荒に慣れが多少あるセツキすらついていけず硬直している。一声だして以降なんの動きもない。そして話題の片割れであるサイはチモクの大声に迷惑そうな目をしているだけでなにを言われたのかは「イミフ」状態らしい。


「お、お爺様?」


「ぐずぐずするなセツキ! 今すぐこの場でこの娘に求婚せい! 善は急げじゃ!」


「球根? 花の鉢あげかなにか……鉢植えとかそんなもの、そもそもあったか?」


「サイ、ちょっと黙っていなさい。話がややこしくなります。お爺様、いきなりなにを」


「そうじゃ! ややが、わしの曾孫が見たい! セツキ、今すぐ祝言じゃ。布団へ急げ」


「お爺様、お昼間ですよ?」


「セツキ、そこじゃない」


 珍しくココリエが突っ込み役となる。


 どう考えても今のセツキは冷静さを欠いている。でなければ昼間だ、などと言う筈がない。昼間なのはチモクも知っているだろうし、そもそも外を見れば陽の傾きで時刻など知れたこと。なのに、そこを突っ込んだのはセツキの頭が今混乱しているからだ。


 突然、サイに求婚しろ、と言われて困惑しているのだ。……あれ、でもなぜ?


 いつものセツキならば「そんな娘お断りです」とか「誰がそんなの」とか言って断固拒否の上冗談はやめてくださいとか言いそうなのに。どうして、狼狽えて見える?


 どうして重要な箇所に突っ込まない? 彼らしくないというか、わからない。なぜ?


 だが、次には言葉の衝撃がココリエを襲った。サイとセツキが婚姻? 年配の女官たちがひそひそと美男美女でおまけにふたり共戦国の強者であり、似合いだと言っていたのを聞いて堪らない気持ちになったことがある。


 自分ではダメなのだろうか。どんなに努力してもセツキには到底及ばないし、才能もないのは知っている。顔も造作はいまさら変えようがないのでどうしようもない。


 サイの方も才能に溢れ、体術も超一流。戦国の柱として在るわけではないサイの武勇はでもそこかしこで「ウッペの傭兵はすごいらしい」と囁かれていると報告にある。


 各国の英雄たちがサイに今注目している。今最も伸びあがっている海外からの女傭兵として噂が届いている、とこないだナフィツから書が届いた。「あの時の無愛想お姉さんでしょ?」と書かれていたので「歳下だ」と書いて返した記憶がある。


 わかっている。ふたりがお似合いなのは。美しく強いふたり。祝福されるに相応しいふたりだし、そうなれば自分も想いを諦められるかも、と思うこともあった。


 だが、セツキはサイを嫌っているし、いまだどこかの間諜ではないかと疑っている筈。


 だからなぜセツキがチモクにさっさと「いやです」しないのか不思議。祖父を尊敬し、敬意を以てせっかくの話を断りにくいのかもしれないが……とか思っている間にチモクの話がすさまじい方向に舵を切りはじめていた。


 アレだ。真昼間にしてはいけないそういうイケナイ話をセツキにして困らせている。盛りあがりまくりのチモクにセツキは参ったというか勘弁してくださいという顔。


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