やっとご紹介
サイがいつも通り失礼を考えていると、老人が顎に手をやって考え事をしているのが見えた。サイはまだ老人をどう扱ったらいいのかわからないので、絶対に安全な距離を取っているが、セツキが背を優しく押してきた。きちんと挨拶を、と言いたいのだろう。
サイは遠慮したい気持ちでいっぱいだが、ここでセツキを無視したらセツキに怒られるのでため息を吐いて老人がまだいる玄関に歩きだす。歩みは素人目には無思慮。だが、熟練の戦士ならばわかる。慎重に間合いを詰める時のそれだ。
こんな暴力破天荒なだけのじじいならば見破れないだろう、多分。と思っていたサイは予想を裏切られた。なんと、老人は靴履いたまま玄関を一っ飛びであがり、駆け、高々とジャンプ。飛び蹴りの構えで襲いかかってきた。が、サイはココリエとは違う。
ふと、サイの姿がその場にいた人間たちすべての意識から消え、次に現れた時、サイは老人の背後にいて彼の着物の背を掴んでぶらさげ刑に処していた。
女戦士の目には呆れと疲れ。
ここ数日ルィルシエの相手をしているが、それと似た本格風味げっそりな瞳の色だ。
片手に老人をぶらぶらさせながらサイはセツキに説明を求めて視線をやる。セツキはサイの瞬間移動に興味を持ったようだったが、笑みを浮かべて説明の口を開いた。
「私の家の現当主で父方の祖父チモクです」
「だけ、か?」
「五十年前までウッペの柱で鷲でした」
サイの直感は少し当たったようだ。猛禽類のような目をしていると思ったが、鷲と異名を取っていたのならば納得だ。で、孫は鷹とな? どういう猛禽一家だ。
サイがくだらねーことを考えているとセツキが祖父の説明を追加してくれた。
「昔は主上の体術特別調練師として柱であると同時に指南役を担っていました。あなたと同じように身ひとつで戦うことも可能とするほど体技に長けた方だったのです」
一通り説明を聞き終えたサイは首を傾げて質問がある、というのを態度にだした。セツキは許可するように頷く。叱られるかもしれん、とは思ったが疑問なので訊く。
「しゅじょう、ってなんだ」
「主上というのはかつて王位に在られた方のことを言っています。ファバル様のお父上、フィニアザ様のことです」
「見たことないが」
「お亡くなりになってもう十数年経ちます」
「ふーん」
終わった。いや、まあサイだし、特別な反応があると期待する方が阿呆だが、しかし、先代の王にも無礼とは。ある意味で恐れ入る。と、それは今置いておいて……。
「サイ、そろそろ放してください」
「む」
「お爺様にはそれなりにお考えがあります。あなたを見てつい試してみたくなったのでしょう。傭兵の身で鷲のチモクに蹴りかかられたことは栄誉。喜んで」
「どんな変態か」
蹴りかかられて喜ぶって変態かよ、と言ってサイはチモクを放した。と、いうか掴んでいた着物を放したが正しい。サイなので投げ捨てたらどうしよう、と思っていたセツキは一安心だ。だが、そのチモクは孫の心配を余所に廊下に華麗な着地。
戦国は齢五十で人生は幕引きと言われるが、どー見てもチモクは五十には見えないってか五十年前まで現役戦士だったのだから……今いくつだ、このじじい?
腰も曲がっていないし。声もしっかりして、しすぎてうるさいくらいだし。これは普通なのか? と思ってサイがココリエを見ると首をめちゃくちゃに振られて「違う!」されたので、どうやらこのチモクとかいうじじいが規格外なだけだ。
サイがチモクのぶっ飛び具合を考えているとそのチモクはサイとセツキの顔を見比べていた。まるで鷲が首をふりふりするように。昔の異名がこんなところでも……。
「セツキ、この娘は?」
「初春の候よりここで奉公している娘です」
「実力のほどは?」
「ご覧の通りです。体術に関しては若かりし日のお爺様をも鼻唄交じりに超えましょう。最近ではカグラ王が在られた戦国の柱の席に推挙せよと声が高まっています。カザオニを破り、カグラ王をココリエ様が討つ助けをし、トウジロウを討っておりますから」
「本当か、セツキ?」
セツキの話に声をあげたのはココリエだった。廊下で正座したまま身を乗りだしている彼をセツキは立たせる。いつまでも王子が正座などと、と思ったのだろう。
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