戦が終わり……


「サイ、具合はどうだ」


「絶不調だが生きてはいる」


 いや、死んでいたら返答はできない。との突っ込みは控えられた。


 突っ込んでも突っ込み役が目潰しか張り手かぐーパンチを喰らうだけだ。全部じゃんけんの手ってのがサイのお茶目である。まあ、サイのお茶目は置いておいて、ココリエは女が寝込んでいる布団のそばで彼女の仕事を読みあげていく仕事に入った。


 シレンピ・ポウとの戦ののち、予想通りではあったが、無理が祟ってサイは倒れた。


 戦場で不遇の死を遂げた王女たちを埋葬するトウジロウを手伝っていた時、不意にふらりと体が揺れたかと思ったらその場でぶっ倒れたのだ。


 運よくセツキのそばで倒れたので、支えられ、地面に顔からいくことはなかったが、もう、ものすごい高熱をだしていて珍しくセツキが慌てていたのが印象に深い。


 セツキはなにか思うところがある様子だったが、すぐさまココリエにサイを託して自分はトウジロウを監視しながら彼の手伝いをしに戻った。トウジロウは魂が抜けたような顔をしてセツキに感謝の意を示し、サイに心底申し訳なさそうな目を向けていた。


 よくわからないが、トウジロウにも思うことがなにかあったようだ。


 そんなことを思いながらココリエは戦場となった道に来るのに使ったイークスに乗って城へ急ぎ、即行でハチにサイを預けた。ハチはもう呆れも通り越した、とばかりだったが解熱薬の中でも一番きっついのを煎じてくれた。


 そして、ココリエは有無を言わせずサイに飲ませたが、半分以上噴きだされて顔にかけられた。どうやら味の保証は皆無だったようだ。お陰でハチは追加で薬を煎じ、ココリエは青臭いままなのもなんなので風呂に入ってからサイの看病を行ったのだった。


「トウジロウはどうした?」


「ああ、もう国へ帰した」


「シレンピ・ポウ王は度肝を抜かれただろうて。見合いと観光にだしたと思った妻と子が残らず死に、ウッペに牙を剝いた罪で首を頂戴したいと文を届けられたのだ」


「よく知って、ああ、カザオニか」


「ん。さっきまでいたが」


「余が来た時にはもういなかったぞ」


「まあ、気にするな。カザオニの生態はいまだに謎が多いというかイミフだし」


 おいおい。仮にも自身の影として務めてくれている者にその言い草はないんでない? と思ったが、カザオニがなにも言わないなら彼にとってサイのカザオニへの認識など瑣末なのだろう。カザオニはただサイのそばに在れればいい。それだけを望んでいる。


「で、寝耳に水の王はどうするつもりでいるのか、カザオニから聞いているか?」


「謝罪の文。今回の戦ででた損害を全額負担。その上で詫びの金品を寄越すらしい」


 それは城の倉がまた豪勢なことになりそうだなぁ、とココリエはさして遠くない過去を思いだした。ジグスエントが詫びの品を送ってきた。誘拐し、不愉快な思いをさせて申し訳ありません、というのと、本当に文通よろしくと文も来た。


 あの時ほど心臓の強さというかできの違いを思い知らされたことはない。あの蛇の心臓はなにでできているのかイミフ天辺突破、とかなんとかサイが言っていたが、わかるような気がした。本当にジグスエントの心臓がなにでできているのか不思議だ。


「それで?」


「うん?」


「私の仕事はそれだけか? ただお前の書いた書の添削、ルィルシエの世話、世話、世」


「そんなに世話世話言ってやるな」


「他になにがあるか、アレは大きめの、いや、小さい? とりあえずこどもだ」


「あの、サイと三つしか違わないのだが」


「私が言っているこどもは精神面だ。まあ体の方もまだ未熟だがな、青梅に小梅種二個」


「ぷぶふっ!?」


 うっかり、に相違ないがココリエはつい噴きだしてしまう。まだ持っていたのかそのネタ、と思ったが、それでうけている自分もたいがい失礼だ、とも思った。


 でも、笑えるものは仕方がない。ルィルシエには悪いが未熟な青梅がルィルシエ本体だとして小梅の種二個はどう考えてもそれしか、しかない。


 昔より成長しているので種ではない可能性もあるがどうなのだろう? 一緒に風呂を使うことが多いサイは種と言っている。それならまだ果肉はどこかにご出張中ということなのだ。うん、ごめんなルィル、とココリエはひとり心の中で謝っておいた。


 ココリエがルィルシエに謝っているとサイが長く深い息を吐いた。女の隻眼は天井を見つめている。が、瞳には鬱陶しむような色がある。どうかしたのだろうか?


「サイ?」


「重要ではない。ただ、助けてやれればよかった。そんなくだらぬ偽善を思っただけだ」


「サイ……」


「あのふたりも救われない道を歩み、堕ちてしまった。そのことでいつかまどろみの輪廻を経て救いがふたりにあるのだろうか、いつか救われてくれ、と思ってな」


「……」


「私は全能者ではない。救えない者の方が圧倒的に多い。だが、あんなの……」


 サイの口が動き、小さく音を零していく。


 ほとんど聞こえなかったが最後に彼女はとても悲しい言葉を零して布団をかぶった。


 ――代わってやれれば、よかったのに。


 ココリエは複雑だった。サイを想い、大切に想うが故に。そう言うサイが悲しい。


 きっと彼女は心からヴァティラたちと代わってやれればと思ったのだろう。憐れみではない。ただただ純粋に、自分が不幸なのに慣れているから、他の者にまで不幸が及ぶのが心苦しい。だったら、自分だけでいい。不幸なのも苦しいのも自分ひとりでいい。


 そんな考えを持ってしまうことが悲しかった。だが、その彼女にかけてあげられる言葉はない。ココリエはサイと真逆な環境で真逆な命を歩んできた。そんな者が上辺だけ理解したフリで言葉をかけても相手は、サイは余計に傷つく。だから、言えない。


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