不可解な心配り
ひょっとすると、キュニエを立てないほど強く蹴ったのは母が使えないようにする為だったのかもしれない。そんなことにいまさら気づいてヴァティラは恐ろしくなった。母が自分を見る目が今になって恐ろしい。ただの道具のように使い捨てようとした。
ウッペの虎が言ったように鬼も裸足で逃げだしそうな恐ろしさだ。その母と今戦っている女戦士の心がわかりかねた。自分たちは侵略者。生かす理由などない。自分だけ母の剣の餌食にして動きが鈍ったところで母を潰せばよかった筈なのに、なのに……。
「どう、して……」
どうして助けてくれたのだろう。あの女が自分たちの身の上を知っている筈がない。それに例え知っていても容赦してくれるような人種ではない。あのトウジロウをも打ち破ってしまう女に甘えなどある筈がない。だが、その女の気遣いで今、命がある。
命がある。そう考えてふと気づくと、頬を涙が伝っていた。ほろほろと流れ落ちていく涙はなぜ流れていくのだろう、思いつつ拭う。戦士として育てられた者に涙など不要。なのに、とめどもなく流れて落ちていく。もはや止めようがない。
止められない。止まってくれない涙。今までずっと心に体に鞭打って耐え、気を張って強く在らねばと思って生きてきた。だから、裏切られたことに悲しいと思う心ともしかしたら母親の支配が終わるかもしれない予兆に嬉しいと感じているのかもしれない。
「ぎゃああああああああああああ!?」
断末魔のような叫びにヴァティラが目をあげるとちょうど母チェレイレの両手が切り落とされたところだった。
サイはチェレイレの非道を許さなかった。自分自身が親に愛されず生きていただけに同じようで違う境遇のヴァティラに用意されそうだった現実を壊した。
チェレイレの両手に出血はない。ジスカの超高電熱が傷口の細胞すらも焼いて傷を塞いでいた。ただ荒い息が林にはさまれた道にある。ウッペの武士たちもヴァティラたちはもう戦えない戦う気力もないと判断して、サイのそばに歩いていく。
放置されたシレンピ・ポウの王女たちはそれぞれに支えあって立ちあがる。
「ぐぅううううう、おのれぇえええ……っ」
「面倒臭いな」
なにがだ。と突っ込みが喉まででかかったが寸でで止めたウッペの男ふたりは後ろをちらっと見て姉妹が呆然としつつも顔や瞳に喜色が満ちていくのを見て薄く笑う。
母親の支配が終わる。これで自由になれる。好きなことができる。強制されない生活が待っている。希望と期待に満ちた明るくて柔らかな色の雰囲気が滲んでいる。
サイはだが、そんな姉妹には目もくれず王妃を憐れみと憎しみを混ぜて睨んでいる。
許せない。サイのように異質があり、醜く、汚らわしいならばまだしも、そうでない愛し子を殺してでもサイを殺そうとするその殺意に反吐がでる。そして、王妃にそうさせたアレが許せない。まだ王妃の中にいるのか、それとも今度こそ諦めたのか。
油断ならず見ているサイの前でチェレイレは激痛で息荒くともサイを憎み睨みつけている。サイの見立てだがこれは王妃の、彼女自身の憎しみ。勝手な殺意だ。
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