使いまわしネタで挑発
あの色ボケ王子のことだ。女遊びは派手そのものだった筈。なにしろあのサイに酒宴の席で脱げ、などと言ったほどだ。怖いもの知らずというか、阿呆というか、色にかまけるにもほどがある、というもの。だから、この姉妹はきっと……。
「兄君に閨の相手を?」
「……。そうよ。だって一国を背負う王子が女の扱いを知らないなんて致命的ですもの。そうした意味であたくしたちは贄だった。兄の快楽を満たす為のお人形だった」
「いやいや従ったのならなぜ仇討ちなど」
「……。どうかしらね。そんなことを悠長にお喋りしている場合ですの? あなた方は圧倒的に不利ですのよ。ココリエ王子は矢を射れば居場所がわかる。鈍重なケンゴクではあたくしはおろかお姉様の相手もできない。あなただってあたくしの攻撃を」
「それが?」
セツキは王女の言葉を一言で切り捨てた。キュニエの言っていることなどなんでもないこと。問題にするべきことでもなんでもない。そう、暗に言っているセツキにキュニエは一瞬ほど呆けた様子だったが、すぐに怒りを瞳に灯して悪罵を吐いた。
「どんなに言い繕おうとトウジロウをあたくしたちから引き離した時点で腰抜けですわ」
「なんとでも。戦において計略を練るのは当然。そして適材適所です」
言いつつセツキの握る槍斧が軽く振られ、金属の甲高い悲鳴があがった。
キュニエが喋っている隙を狙ってひそかに接近していたヴァティラの薙刀を払っていたのだ。舌打ちの音。初見の際に感じた儚げな美人という像が崩れてどこかに去りそうな態度の悪さ。これがこの女の本質か、とセツキはいやな現実にため息。
つい、比べてしまう。サイと。サイも態度はかなり悪いがそれを前面にだしている。繕わないありのままの彼女はだからこそ口がどう悪くてもなんとなく許してしまう。
さすがに王への暴言は雷をぶち込むが、響かない以上にどうでもいいと流される。
どこまでも無垢で悪意がない。いいところであり、悪いところ。真っ白なのに真っ黒。相反する要素。サイを見たあとではどんな女の繕い顔もかすむというかあまりのいいコちゃん顔に反吐がでそうになる。
……だからこそ、セツキは恐れる。この思考を恐れる。自覚している。自らかなり危ういとこへ来ていると理解している。なのに、抑えようと思えば思うだけ溢れる。
ココリエの気持ち。抱いてはいけない、と言いたいが言うべき自身がこの様なので偉そうなことが言えない。今の戦に関係ないことを考えてセツキはまたため息。
「幸運が逃げますわよ」
「幸運などなくともあなた方を制圧するくらいできます。ケンゴク、キュニエ王女を」
「へい。予定通りですね?」
「変更点はありません」
「承知! ほぅれ、サイの素敵命名、小梅の種ふたつちゃん、俺が相手をしてやるぜ」
ビキッ、となんとも愉快な音が聞こえてきたので作戦成功、とケンゴクは噴きだしそうなのを必死で堪える。最初に聞いた時は大爆笑してしまった。キュニエを挑発するのにこれ以上ないネタだからと教えてくれたココリエも笑っていた。
キュニエ挑発作戦、という名目で笑いまくるふたりの隣であのファバルも噴きだしたいのを必死で堪えていた。噴きだしたが最後、鷹にまじめにしろ、と叱られるから。
だが、そのセツキも少し顔が強張っていたので笑いたかったに違いない。と、ケンゴクは確信している。本当にサイの口は毒舌の為にあるような悪さだ。
同性の歳下に向かって言う単語じゃない。まあ、サイに悪意はないのだろうがそれがまた始末悪い。自分が言われたらとか考えないのだろうか? なんて思ったりしたが、サイはどうでもいい、と流すだろう。
「く、くぅ、ぐ……あの女ぁ……っ!」
「なんだ、大事な種をぷっと噴いてサイにぶつけるのか? やめとけ。弾かれて終わり」
「お前から先にぶち殺してやりますわ!」
今目の前にいないサイからケンゴクに怒りの矛先がずれたキュニエがケンゴクに突っ込んでいくのと同時にヴァティラも武器を構え直してセツキを睨みつけた。
どうやら制圧楽勝が矜持に響いたらしい。挑発は終わった。あとは討つのみ。
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