断罪の為の贄
入れ替わりに鷹の制止を振り払って部屋に入って来た青年が父親のそばで膝をつく。
「父上、お怪我は?」
「ない。サイの捨て身がなければ私はとうにあの世いきだった。だが、よくぞ間よく」
「いえ、父上」
「うん?」
「サイはトウジロウとの一揉めの時からシレンピ・ポウを怪しみ、必ず狙われる者に張りついて警護する、と言っていたのです。風呂などの間はカザオニが代わっていたようですが、以外はおそらく秘密裏にぴったり張りついて守りを固めていたのだと」
「……なるほど。ずっと守られていたのか」
「ですが、まさかここほど捨て身になるとは思わずいましたので私も驚きました」
「お説教はしてやるなよ、特に今はな」
ファバルに抱きかかえられたサイはいつの間にか静かに寝息を立てていた。傷からの出血、止血されても失われた血を回復するのにあのサイがぐっすり眠っている。
貴重な絵だが、それだけの重傷だったのだと想像するのは易い。それに……。
「ですが、これほどの出血で無事とは」
「ハチの言うことを信じるなら体内に恒常的に治癒関係の呪が廻っているのだろう。でなければこれだけの血を失って命があるなどありえぬのでな。また、サイの謎だな」
仮説を立ててくれたファバルは全身血まみれだった。髪も服も腕も手も足の先までも。とてもひとりが流したとは思えないほどの血の大河。海。父を染めあげる血潮は生々しいにおいを放っている。戦場で何度も嗅いだ命のにおい。命であり、死のにおい。
だから、怖い。サイが死んだかもしれなかった。いや、サイの特異性がなければサイはとうにこと切れていた。だから余計に怖かった。サイの勇気が怖かった。
「さて、ココリエ、サイを任せてもよいか? ちょいと預かってくれ。私は、やらねばならぬことがあるのでな」
やらねばならないことがある。と言ったファバルの瞳には笑みがあるのだが、恐ろしい笑みだ。笑っているのに笑っていない。一番怖い類の笑み。
ココリエが咄嗟に頷くことしかできないほどの凄惨な笑みでいるファバルの視線の先には捕縛された王妃の姿。そして、あとには部屋の外が騒がしくなった。
「痛ぇよ、なんなんだよっ!?」
「いったい……」
「こんな刻限に何用ですの?」
シレンピ・ポウの王族たちが叩き起こされたのか寝ぼけ眼で部屋に連れてこられ、それぞれに困惑や不満を吐いている。吐いていたが、王の部屋に入って声は絶えた。
部屋の中は惨状。あちこちに飛び散った血飛沫が斑に部屋を染めている。そして、血染めの王とサイ、サイを預かったココリエ。捕らえられた母親。これだけの視覚情報。察するのは容易いと思っていたのだが、こどもたちはまったく反応できない。
見合いと観光に来たと思っていた。なのに、これではまるで母親がウッペを騙して王を暗殺しようとしたようだ。
そんな話はひとつも、欠片も聞いていない。だから三人の子は呆然とするしかない。
しかし、それで許すファバルではない。捕らわれている王妃に一歩近づいた。トウジロウを封じられ、自身も捕縛されているのに女は不敵な笑みを浮かべている。
「やってくださいましたな、チェレイレ殿」
「わたくしのことは構いませんわ。ですが、この通り、わたくしのこどもたちはなにも知らなかった。なので」
「ははは、どの口がほざかれますかな?」
ファバルの冷たい声には非情さがこれでもかと盛られていた。この先に予想がついたココリエはそっと目を伏せて静かに早めの黙祷を捧げた。父の怒りに触れておいてこどもが無関係だという言い訳は通じない。
それに、計画者を断罪するのではその者に本当の後悔と反省はない。だからこそ……。
「得物は貸してやろう。デオレド王子、今この場で腹を割け。それで母の罪を清算しろ」
「……ぇ?」
当然、デオレドはなにを言われているのか理解できない。母親が罪を犯したのはなんとなくわかったがなぜそれで自分が割腹するのか、理解に苦しんでいる。
デオレドの妹たちもそうだ。どうして母ではなく兄? というのが表情にでている。しかし、それで容赦するファバルではないので。部屋に飾りとして置いてあった刀を手にしてデオレドの足下に放って寄越した。
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