いつもの鍛練に……
「ふぁ……」
「しゃんとしろ」
「あいたっ!?」
翌早朝。中庭に平和な光景があった。……ある意味でとってもばいおれーんすではあるのだが。それでもいつも通りであり、いつも以上に楽しそうであるふたりだ。
サイは珍しく機嫌がよく、ココリエに暴言最低限で基礎訓練を与えて指導している。ココリエもサイが暴言吐かないのでいつもより心だめーじ少なめで楽しい。
が、どうしても欠伸がでてしまう。その度サイに仕置きとして背をしばかれるのだが眠気は去らない。叩かれた背を庇いつつココリエはサイを見る。そして、ボムっと赤くなってしまう。昨晩、サイに言われたことが衝撃的すぎて眠れなかったのだ。
額をあわせられたこともまた思いだしては呆けてしまう。サイが他人を「あなた」呼ばわりしたのははじめて聞いたし、それにあんなふうに瞳を微笑ませたこともない。
はじめてのサイを見聞きしてしまってココリエはどぎまぎしっ放しだ。サイは気にしていないのかいつも通りなので苦笑してしまう。そうこうしていると基礎が済んだ。
「よし、では今日は」
「ここにいたか、女」
今日は歩法の練習をさらに突っ込んでやってみよう、と言おうとして邪魔された。
邪魔してきた声に覚えがあるのでサイは不機嫌になる。ついでに、おまけも察知して瞳に剣が宿る。サイの鋼玉に溢れる殺気。今もうすでに「殺してやろうそうしよう」オーラがむんむんであるサイにココリエは首を傾げかけて硬直した。
「キュ、キュニエ、王女……っ」
「んふふ、捕まえましたわ、ココリエ王子」
甘い声が聞こえてきた。いや、むしろこれは甘える声だ。中庭に今は招いていない客がいた。デオレド王子とキュニエ王女だ。ふたりはそれぞれのお気に入りと見合い相手へ絡みに庭へおりてきていた。ココリエはすでに捕まっている。
「昨日は飲みすぎたようでな、記憶がない」
「そのまま永眠しろ」
「ん? なにか言ったか?」
言っている。言っちゃいけないこと言っている。だが、そう指摘するわけにもいかないので見守ろうとしたココリエだが、甘かった。甘々だった。激甘でした。
「潰れたのなら、そのまま永眠して墓に入ればよかった。それが世の為だ、クソ蟲」
さらに言っちゃいけないこと言いだしておるサイにココリエは顔面蒼白だ。これは他の解釈をしようにもできない。そのまま直球で死ねと言っているのだから。
ココリエがこれはちょっと注意しておこう、と思ったのとその衝撃音は同時だった。
地を揺るがす轟音が鳴り響き、中庭の一部が陥没。先までサイがいたところだ。だが今はそこにサイはいない。その代わり、そばにいたのは意地悪い笑みのデオレド。
ココリエが訝しく思いながらも王子に何事かと質問しようとした瞬間、目の前に赤い飛沫が散った。思わず目を見開くココリエが飛沫の来た方を見ると探し人がいた。
サイが両手を血染めにして立っていた。拳にしている両手の出血は激しく、裂けた傷は惨く痛々しい。だが、サイは痛みを感じる、というのがないのか厳しい目で前を睨みつけている。驚くままココリエがそちらを見ると知らない顔の男が立っていた。
「サイ!?」
「さがっていろ、ココリエ」
「バカを言うなっ早く治療を……」
「そうは問屋が卸さぬらしい」
言いながらサイは構えを取っていく。相手の男も呼応し、武器を構える。奇妙というかかなり凶悪な武器だった。
巨大な鋸。これが一番近い道具だろう。ただ、その刃の長さは優にひとの身の丈を超えている。そして並んでいる歯のようなギザギザもひとつひとつが一寸ばかりの幅で超重量級戦士の武装だった。鮫の歯が如きそれに血はついていない。血は得物の腹にある。
謎だ。どうして刃ではなく腹に血がつくのか。それにサイの傷もあの得物で斬られたにしてはおかしい。アレはどう見ても裂けた傷だ。とてもアレではつけられない傷を不思議に思っているココリエの腕を捕まえたままキュニエが得意そうに口を開いた。
「ふふん、トウジロウの嵐属性に素手で挑むなんて阿呆の極みですわね。バカな女」
「ト、ウジロウ……だと?」
ココリエの口が驚きから渇く。その名に聞き覚えがあったからこその驚き。
ココリエはしばらく呆けてしまっていた。それでもサイに向けて警告を発しようと口を開いたがサイの動が早かった。止める間もなくサイはキュニエがトウジロウと呼んだ男に向かって歩を進めた。一歩目は見えた。だが二歩目でサイはもう距離を詰めていた。
サイの血が滴る拳が男の後頭部目がけて振られるが、拳は男に触れる直前でなにか見えないものに防がれて弾かれた。同時にサイの拳が新しい血を噴く。
サイが新たに出血したと同時に振り向いた男が巨大な武器を振り落としてサイを真っ二つにしようとしたが、そんなことで仕留められるサイではない。
男が振りかぶった時にはもうすでに距離をあけていた。よって、男の武器は中庭を割った。男の顔があがる。四角い蟷螂のような顔。皺が刻まれていてもまだ老年には入らない中年といった歳の頃。白髪混じりの髪。鋭い刃物のような瞳。
いかにもなのでサイは無駄に問わない。まさにまさしく歴戦の武士という風貌だから。
なのに、こんな状況なのにサイは悠長なものでココリエに素朴な疑問を投げてきた。
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