お酌について


「サイ」


「……わかった。極力努めよう」


「ありがとう」


「理解してくれてなによりだ、サイ」


 部屋に新しい声。いや、先までいたが。


「父上、お疲れ様です」


「ああ、本当に疲れた」


 ずっしりどっと疲れた声で応えたのはファバルだった。部屋に戻ってきた王は戸を閉めて二、三歩よろりろ歩くと崩れ落ちるように座った。そして吐かれる深いため息。


 幸福が来世の分まで逃げていってしまいそうなため息にこれは客間への案内途中にもなにかしらあったな、と想像するのは易い。だが、誰も訊かない。王が話しだすまで大人しく待った。すると、ややあって、ファバルも疲労から回復して口を開いた。


「サイ、変に有名になってしまったな」


「腐れどうでもいい。ゴミに捨てたい」


「うぅーむ、気持ちがわかるのがなんだな。……えー、で、悪いがサイ」


「いやだ」


「まだなにも言っとらんだろう。いや、気持ちはわかるが頼む。今宵、歓待の宴を開く運びに元々していたのだ。が、その席であっちの王子に酌をしてやってくれ」


 サイの意見に同意して王はそれでも重要項をサイに命じる。サイがいやがるとわかってはいるが、一応これでもかなり譲歩させて取りつけたことなのだから。


 最初、あの王妃は今晩、サイを息子デオレドの閨相手に寄越せと言ってきたのだ。それを思うとかなり譲歩させたぞ、私。とファバルは自分を褒めてやりたかった。


 よくぞ、エロから接待まで譲歩させました頑張ったで賞をセルフ授与しているとサイが怪訝な色を瞳に質問してきた。それはとても意外な疑問。


「しゃく、とはなにか?」


「は?」


「略語か? 借用、しゃっくり、尺取蟲?」


 なに言っているんだ、このバカ。と、部屋のサイ以外が思考を共有した瞬間だった。


 お酌くらい知っていそうなものだが、どうしたことだ? と、思ったが、不意にココリエの頭になにかがふんわりふよっとおりてきた。少し信じられない気持ちがあったが、一応確認に訊いてみることにした。もしかしたらの、それは可能性。


「サイ、酒の席にでたことはあるか?」


「鮭? 解体のもよおしか?」


「そっちじゃない。飲み物、嗜好品の方だ」


「ふむ。酒の席、と言われてもピンと来ぬ。阿呆共の宴に裏参加して暗殺仕事をしたことはあるが、似たようなもの、か? もしくは別物か?」


「いや、多分同じものだ。だが、そう、裏参加の上に暗殺が主か。それは知らぬな」


「?」


「えぇとな、酌、というのは主に目上の者へ敬意などこめて盃に酒を注ぐことだ。だいたいは女性が男性にするのだが、サイは酒を嗜んだことがないのか?」


「嗜好品は取らぬ。そして、酒は臭い。きっと人間をダメにする遅効性毒の一種だ」


 ……すごい認識をそれと思わず吐く娘だ。


 嗜好品に興味がなさそうなのはなんとなく知れていたが、他人が好きで飲んでいるものを遅効性の毒に違いない、と断言するのはどうよ? でも、サイなので通じない。


 自分がこれと決めたら曲げる、というのを知らない、というかしない娘なので。


 困ったことに。いいところなのか悪癖なのか微妙なところだが、変に頑固だ。


「ぅえいと、毒がどうのは置いておいて」


「やはり毒なのか」


「ち、が、う! そこにいつまでも喰いつくな、サイ。話が進まぬではないか」


 ココリエから強めに違う言われたサイはなに言っているんだろう、こいつ。と、いう失礼極まりない目で王子を見ていたが、やがてどうでもよくなったのか酒が毒か嗜好品か説を横に置いてくれた模様。なので、話を再開する。


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