救出
今、ジグスエントがサイを躾けるこの場にいることを許されているのはハクハとコトハのみなのでそれ以外の何者かが来た、というのにジグスエントは不機嫌になる。が、やって来た者の報告に目を見開いて驚いた。
「失礼! ウッペのココリエ王子が来城なさいましたっい、いかにいたしましょう?」
魂を喰われて意識が朦朧としているサイだが、間にあってくれたことに内心でほっとした。あと一口分でも魂を喰われていたら堕ちていたところだったかもしれない。
なので、ココリエが来た、という報せは嬉しい邪魔だ。代わりにジグスエントはなぜ、というのとすさまじく苦々しい顔をしている。だが、すぐサイに一瞥をやって得意げな顔をした。おそらくココリエが情報に困って助けを求めに急遽訪ねたと思ったのだ。
残念賞。しかし、サイの先走りざまあ、が顔にでることはない。瞳にもでない。今はそれどころではないのでだせない、が正しいのだが。それくらい魂を喰われる、というのはとんでもないことなのだ。疲労と気分の悪さでサイが呻くとジグスエントが立った。
サイの頭をひとつ撫でてジグスエントは惜しむように美貌を悲哀の色に染めた。
「まったく、とんだ邪魔です。ですが、すぐ話を済ませて戻りますから楽しみにして待っていてくださいね、サイ」
「ジーク様、俺たちはどうしときましょ?」
「一応念の為、サイを見ていてあげてくださいな。しばらくは動くこともままならないでしょうが、このコはわたくしの大切な愛しきひと。なにかあってはことです」
「はーい。じゃ、コトハはジーク様についていきな。一国の王が王子の対応をするってのにさすがに供がいないのはダメでしょうからねー?」
「そうですね。では、ハクハ」
「はーい。サイちゃんはきちんと見ておきまーす。ごゆっくり~」
――こいつ、正しく墓穴掘りやがった。
と、サイが思ったのは内緒。本当に気づいていないようだ。ジグスエントは仕方ないとして仮にも忍を名乗っているハクハとコトハが気づかないのはまずいのでは? と思うがサイに不利益がないのでどうでもいい。
牢獄の重い戸が閉まってジグスエントの足音が遠くにいって絶対安全になった瞬間、サイがニッと笑った。
今まで無表情の権化ここに在り、な感じで無表情だった娘が笑ったことに驚いて呆けたハクハの側頭部に入る鋭い蹴り。ハクハは突然の奇襲に対応ならずで吹き飛ばされ、牢獄の戸をぶっ壊して外の廊下、そこの壁に突っ込んだ。外で衛士たちが騒ぐ。
「カザオニ」
「おむかえにあがりました。あるじ」
「うむ。いい蹴りだった。気分爽快」
「きょうえつしごく」
ハクハに奇襲を仕掛けた誰かさん、カザオニがサイに向けて恭しく一礼し、膝をついてサイの言葉に応える。音はなくとも意思疎通が行えるふたりはふふ、と笑いあった。
そして、カザオニはどこからかなにか奇妙な形状の棒を取りだした。
サイはカザオニがだした謎の道具に首を傾げたが、男はふっと笑ってその棒でサイを戒めている枷を軽く撫でた。するとどうだろう。あの腐れ枷が軽い音を立てて残らず外れたではないか。サイがびっくりしている、と外の衛士たちが牢獄内に駆け込んできた。
うちひとりが鉦を鳴らそうとしたのでカザオニが鉦を風で細切れついでにその衛士の顔面に拳骨をお見舞いした。
おそらくサイが今はまだ刃傷沙汰を望まないと思って穏便な鎮圧を選んだのだ。外にいた衛士たち、残り四人はカザオニの姿を見て忍だと判断はできたが、さすがに名の知れた者だとはわからないようで、普通に警護用の槍を振ろうとしたが、遅い。
本当に「あ」を言う間もないほど素早く鎮圧してしまったカザオニは退屈そう、不満そうにしている。たかが人間では忍の超常を極めたカザオニに到底敵わない。
「グ、か……なん、な」
「……」
「ちっ、生きてやがったか」
「ころす? あれは」
「いや、たんなる悪態だから気にするな」
「ちょ、待っ、どういうこと? アンタ誰ってかどうやってここまで入ったのさ?」
ハクハ、牢獄の戸をぶち壊しの上、廊下の壁をぶち抜いた男が大穴からでてきてカザオニを見て驚くと同時に疑問を吐いたが、カザオニは答えない。てか、どことなくバカにした空気放出中。サイもずっと戒められていた手首をさすりながら不憫な者を見る目。
そのカザオニの空気を感じたハクハは武器を構えようとしたがカザオニが百倍速い。風の短剣がハクハのだそうとしたナイフを切断してしまった。切れ味の違いが著しいことにハクハはひどいショックを受けていたが、だからこそ気づいた。相手の正体。
「え、ちょい待ち。まさか、アンタ……」
しかし、カザオニは最後まで言わせる気がないし、彼はサイ以外の存在が発する声に意味を見ていない。無視するようにハクハにトドメ代わりの踵落としをお見舞いする。
しっかり脳天に喰らったハクハはしばらくばかり忍の矜持なのかなになのか知れないながらフラフラしていたが、やがて崩れるように倒れて動かなくなった。
「ざまあ」
「あるじ、うれしい?」
「無論だ。よくやってくれた」
「……」
ハクハをのして、牢内に戻ってきたカザオニはサイに肩を貸そうとしたが背丈の差があるので腕に縋らせるようにして支えて立つのを手伝った。この時、サイからお褒めの言葉を頂戴したカザオニの周囲でお花が咲き乱れたような気がしたが、気のせい?
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