魂喰


「サイ、悪い話ではありませんよ? ウッペがいくら支払っているにしろ、それ以上の待遇で迎えますから」


「ふむ。では、まず己が死んでくれ」


「……。仕方のないコですね。このようなことはあまりしたくはありませんでしたが」


 ジグスエントの言葉にサイは身構えた。カザオニと秘密の会合をしたが、それで即助けの手が伸びてくると期待するほど脳味噌お花畑ではない。だが、かといって屈するなど冗談ではない。それこそは自分自身への最大最悪の侮辱だ。


 抗った先に最低な辱めや死があろうともそれだけはしたくない。くだらない、と一般的な常識人は言うかもしれないが、サイは戦士だ。戦士に一般人の常識などはまらない。


 だから、生き辛いというのも重々承知。しかし、だからと言ってもういまさら自分の、戦士として在ってきた自分に背を向ける真似はできない。それこそサイの、矜持。


「ハクハ」


「えーっと、どれくらいにします?」


「痺れる程度で結構ですよ」


 サイが己の矜持云々について心の中で思考を廻らせているとジグスエントとハクハが会話しはじめ、なにかの準備をはじめた。どうも、ジグスエント曰くの「したくはないこと」の準備か、と思ってサイが眺めている、とハクハが懐からなにか取りだした。


 筒状のナニカ。尻の部分にはボタンのようなものがある。そして、頭というか口? のところは円形で真ん中に細い穴が開いている。……あ、とサイは気づいた。


 フロボロでサイを昏倒させた麻酔針を打ち込む為の携帯麻酔、といったところか。


 サイの瞳に理解を見つけてハクハはご明察とばかりに笑った。そして、サイの首筋、いまだにミツハの牙痕が残っているのとは逆側に麻酔器の口を押し当ててボタンを押した。ちくっとした痛みが一瞬、そのあとは異常な脱力感が襲った。


 昏睡するまでいかない量の麻酔。さしずめ筋肉の弛緩作用を目的にした分量なのだろうが、これでなにをする、というのだ。この程度ならば、いざジグスエントが強引になにか仕掛けようとしても枷をぶち壊す勢いで動けば電流がやって来る筈。


 例え、安全装置があっても、連続で浴び続ければさすがにかなりの醜態をさらしてやれるのではないか。そうなればなんとかのアレも冷めるとかなんとか本で読んだような気がする。肝心な部分を忘れているのはもうなに? サイの愛嬌、である。


 そんなことを思っている、とジグスエントがまたいきなり口づけしてきた。サイは一緒に感電してみやがれ、とばかり動こうとしたが、体が痺れて動けない。


 そうする間にジグスエントはサイをいつものように可愛がりはじめた。だが、なんだかいつもと違う。いつもはもっと喰い荒らす、というとアレだが、もっと野獣が獲物を襲うような感じなのだ。それが今日のは優しく撫でるように味わっている。


 なんなんだ、これ。と思っているとなにか、なんとも言えない不思議な感覚がサイを襲った。それは本当に不思議、としか言いようがない感じで、こう、体の力が抜けていく、というより命そのものを吸われているような……とにかく身震いするくらい気味悪い。


 サイが悪寒に襲われているとジグスエントの目が開かれてすぅっと細められた。その様はまるで、もう逃がさない、と獲物に宣言するようでサイは本格的に身の危険を感じた。同時に吐きそうな気分の悪さが追加で襲ってくる。気持ち悪い。意識が遠退く。


 サイの瞼が重たくなっていく。強烈な眠気、というかなんというか。脱力感と不気味さに加えて体が怠い。こんな不可解な感覚は他に覚えがない。薬ではない。もっと根本的に危険な……やはり、命を貪られて喰われているような感じがする。


「ふふ、いい顔です、サイ」


「……ぅ、ぁ」


「これはね、サイ。この戦国でも極限られた者しか知らない呪によって相手の命を賞味するもの。そうですね、文献をそのまま訳して「魂喰たまぐい」と呼ばれます」


「……ぐ、う」


「ひとをひとたらしめるものの片割れ、こんを味わう術。素晴らしいでしょう? 対となるはくはひとの体を動かす。こんは心を構築し、動き、ひとをひとにする。さてここまで言えば、わたくしがなにを思っているか、おわかりでしょう?」


「……」


 当たり前だ。サイはバカだがバカではない。根本はおボケ真祖様だが頭はいい。体を動かすのと対になる心を動かすものを喰らう。……心の喪失、ないし、心を操る禁呪。


 いつまで経っても自分に従わないサイに、脅しをかけても屈するどころか暴言を吐いてくるサイを躾けて手っ取り早く手に入れるのにジグスエントはサイの魂を喰って心を奪おうとしてきたのだ。奪われても、生きている限りは補填される。


 だが、奪われてしまった時点でそこには穴が開く。そこにジグスエントが自分との戯れを刻めばサイの本来あった意思を無視してサイの心は動く。不快感を取り除き、そこにジグスエントしかいなくなれば、おのずとそこに縋るしかなくなるのだ。


 すさまじくいやな仕組みだ。これはさすがにヤバい、まずい、危ういの三拍子である。


 サイが理解した、完全に自分の思惑を察したのを見て取り、ジグスエントはさらにサイの魂を喰おうと顔を近づけたが、不意に動きを止めた。理由はジグスエントの背後にあった。牢の戸が重い音を立てて、それでも勢いよく開けられたのだ。


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