忍の仕事


「いやあ、怖いねぇ。あは、それなのに、あの御方ときたら君に戦士として価値を見ていないってね。さぁて、どっちがより怖いか、俺にはわかりませーんってね?」


「あの御方、か。それが己の雇い主か」


「……んー、ま、いっか。そうだね。そうなるかな? ねえ、一応訊くけど投こ」


「うするなど、我が恥。己らを皆殺しにして私は自分の責務を果たす」


「責務って、ルィルシエ王女の護衛?」


「他になにがあるか」


「……。へただねえ、嘘。わかってっしょ? 俺たちの狙いが王女様じゃないって」


「薄々のことに確証を述べるか、ボケ」


「うん、頭もいいね。いいよ、いいよ。あの御方はそういう意味で頭いい大好きだからさ。大好物、かな。それもこんな別嬪さんときたらもう垂涎ものだね」


「キモい」


 サイの無情な感想に男はそれでも笑った。自らが指揮する者たちが半壊したのにこの余裕はなにか薄気味悪いものがある。そう思った瞬間、サイの視界が不自然に揺らいだ。


 ぐら、っとする感じではない。どちらかというとくらりふわ、と体が脱力する感覚。


 まるで麻酔をかけられたというか眠り薬を吸入したかのような……。


「あは、やっと効いてきた」


 遠くで男が喋っている。サイには遠いどこかから声が聞こえてくる。効いてきた、と笑っている声の主がにんまりほくそ笑んでいるのが布に遮られていても見えるようだ。


 ――効いて、きた……?


 遠くなる意識でそのことを考えるサイは膝をつかないように気をつける。今、膝をついてしまっては二度と立ちあがれなくなる。そんな気がした。


「ふーん? これで倒れないんだ? これだけの量を吸っておいて? 規格外だね」


 男はサイが倒れないことを不思議がる、というか面白がっている様子。そして、ゆっくりとではあるがサイに近づいてきた。慎重に、サイが反撃の素振りを見せようものならすぐ離れられる距離に入った男はやはり笑っている。声をあげて、笑っている。


 だが、サイはわからない。いつの間に麻酔剤の類を散布したのか。それにそんなものをまかれたのならば自身の鼻がにおいで気づいていた筈。なのに、どうして?


「あのね、サイちゃん」


 男は馴れ馴れしくもサイを「ちゃん」づけで呼んで種を明かしてくれた。


「忍はね、死ぬのも仕事なんだよ?」


「……、くっ」


 相手の言葉でサイは理解した。死ぬのも仕事。つまり、そういうこと。相手となった忍たちが、彼らこそが催眠薬の類を大量に服用して己の血に溶かしていた。


 だから、それを殺して辺りに血をまいてしまったことで血に混ぜられた薬をたっぷりと吸い込んでしまったのだ。


 手足が震える。それは薬の効果と己の不甲斐なさというか用心の足りなさに対する怒りでの震え。だが、もう、動けない。眠り薬が完全に脳まで沁みてしまって体を動かす指令がだせない。サイが動けなく、まともに反撃もできなくなったのを見て男はさらに笑う。


 おかしそうに、優越感にひたるのとは少し違うが思惑が叶ったことが嬉し楽し喜ばしいようだ。サイは男の思考に反吐を戻しそうになったが、次の瞬間、本当に胃の中身を吐きそうになった。サイの目の前にいる男の膝蹴りがサイの鳩尾にめり込んでいた。


「あ、っかは」


「ありゃ? 結構本気で蹴ったのに」


「ぐ、ぅあ……」


「可哀想に。アレで気絶していればってか動けなくなっていれば楽だったものを」


 からから笑いながら男は懐を探る。サイは鳩尾への一撃で噎せ、呼吸に喘ぐ。蹴られたところがじりじりと痛みを訴えているのを自覚しつつなにもできない。


 情けなさにサイが歯を噛みしめる、と同時に首筋にナニカが当たった。


「ほいっと」


「! ……ぁ」


 ナニカが当たったと思った時にはもう手遅れだった。当たった感覚からして円形の口をしたものだったのだが、そこから急に鋭いものが飛びだしてサイの首筋に刺さった。


 意識が遠退いていく。麻酔針。気づいた時、サイの意識は闇に沈んだあとだった。


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