休憩のお供に……


「姫さん?」


「ひゃはいっ!?」


「うおっどうしやした!? 素っ頓狂な声だしたりして……てか、顔色が優れな」


「な、ななんなななんでもありませんわ」


「いえ、あのそれを信じるのは」


「お願いですから、なんでもなかったことにしてください、ケンゴクーっ」


「え、あ、はあ……?」


 自分が席を外している間になにがあったのだろうか? そんな感じの雰囲気をもやもやさせながらケンゴクは兵士たちに汲んできた水を渡す。


 早速やかんが用意されて水が入り、湯沸かしがはじまり数分。すぐに湯が沸き、サイが交代した。やかんから湯を急須に入れて北方の気温で冷えたそれを温め、各自の湯飲みに注ぐ。空になった急須に茶葉を入れて適度に冷めた湯を急須に戻す。


 少し、ほんのかすか、まるでぐずる赤子を寝かしつけるのに腕に抱いて揺らすように優しく急須を揺らして茶葉を開かせていくサイはややあって湯飲みに茶を注いだ。


 とても綺麗な茶だった。普通の緑茶よりもやや黄色みが強い茶はたしかに独特の香りがする。すっとする、とでもいうのだろうか? サイがたまにココリエにわけていてルィルシエもひとつもらったことがある薄荷のタブレットというのに似ている香り。


 丁寧に、普段の粗暴さが嘘のようにとても丁寧な手つきで茶を淹れたサイは自分の愛用湯飲みを取って一口味見し、満足そうに瞳を揺らした。優しい色の瞳だった。


 それからサイはルィルシエに湯飲みを渡してあとはセルフサービスとばかり自分は茶をすする。サイの態度に苦笑しつつ、それでもルィルシエ王女には渡したのでよしとした男たちは自分たちで湯飲みを取ってサイの淹れた茶をすすって驚く。


 いつもセツキと説教をめぐって喧嘩し、ケンゴクと出会い頭のご挨拶に殴りあいをしているとは思えないほど繊細でとても美味しい茶。これこそまさに美茶。


「ケンゴク」


「ん?」


「私は先の道を見てくる」


 一足早く茶を飲み終わったサイは先の道を調べてくると言って自分が使い終わった湯飲みを残った湯で軽くすすいで片づけ、サイのお茶にほわーんとしている王女の頭を軽く一撫でしてそばになにかの荷を置き、返事を待たずにさっさと駆けていってしまった。


 おいおい、と男たちが思ったのは内緒。


 先の道、できるだけ王女の体に負担がない道を調べてきてくれるのはありがたいが、せめて上司であるケンゴクに一方的に言うのではなく、許可を取れよ。


 まあ、サイにそんなことを言ったところで無駄なことなのだろうが。けど、それが礼儀であるし、もしここにいるのがケンゴクではなくセツキだったらかなり高確率で雷が轟き、説教が落ちることになったであろう。セツキの説教が大嫌いなクセに変な娘だ。


 自分から自爆、というか説教ネタをご提供しているとは、なんなんだろう。


 男たちはそう思いはしたが、とりあえずここにセツキがいないのでま、いっかと思い、茶の続きを楽しむ。しかし、本当に美味しい。こういう一面を今まで見たことがなかったので認識が改まった気分だった。


 戦場を引っ搔きまわす戦士。それも悪鬼羅刹、本人が言うところの悪魔然としていた娘なのにこんなとこで歳頃の、相応の娘らしさ、女性らしさを発揮されると戸惑う。


 戸惑う男性陣を尻目にルィルシエはサイが置いていってくれた荷を漁る。やがて取りだしたのはなにか知れないイボイボした丸っこい粒がまま大量に入った見たことのない素材の袋っぽいものだった。それには、見たことのない文字でなにか書いてある。


「姫さん、そりゃなんですかい?」


「サイが小腹埋めに常備していたという金平糖というお菓子ですわ。とっても甘くて美味しいのですが、よかったらおひとついかがですか? 茶にあいますよ?」


「こんぺーとー? はあ、はじめて聞きやすが、姫さんがそこまで言うならひとつ」


 言って、ルィルシエが開けた袋から金平糖を受け取ったケンゴクがイボイボに少し戸惑って王女を見たが、ルィルシエは金平糖をまるで宝物であるかのように見つめてから嬉しそうに頬張った。それを見てケンゴクも口に入れてみる。……とても甘い。


 砂糖の塊を食べている感じがする。だが、けっして下品な甘さではない。高級和菓子の砂糖を固めたような感じだった。だが、ひとつ疑問が湧いてくる。


「姫さん、サイってたしか甘いものは」


「もご? ああ、なんでも脳? を正常に機能させるには糖分……えと、ぶどうとう、というのが必要だそうで、夜中の仕事が多かったサイは寝ようとする頭を叩き起こすのに時々甘いものも嫌々ながらとっていたそうです」


「へえ……?」


「わたくしがお勉強で疲れていた時に「そういう時は糖分だ」と言ってくれたのが最初でしたかねぇ? あとでセツキに訊いてみましたが、この島では超高級菓子だそうです」


 ルィルシエの説明にケンゴクは驚いた。


 そんな高級菓子をあの薄給サイがどうやって買ったのだろう? と。だが、ルィルシエが大事そうに抱えている袋には見たこともない文字が羅列されている。


 ……もしかしたらサイが元々いた国ではそこほど高価じゃないのか?


 この島国で高級なだけでサイのいた国では庶民でも買えるような、それこそ駄菓子だったのかもしれない。


 うぅーむ、海外はやはり変わっている。


 そんなことを考えながら金平糖をもごもご舐めているとサイが戻ってきた。手には紙切れを持っている。女戦士は全員が一服を終えているのを見てひとつまばたく。


 一服の道具を片してサイは土の地面に木の棒でなにか地図を書きはじめた。


 道順を説明してくれるようだ。


 書かれたのは簡単な地図だが、各所にいろいろと邪魔になりそうなものや妨げになるものを書いてくれていて道を計画するのにとても便利だ。


 サイが説明の口を利いている間、ずっと金平糖を舐めていたルィルシエも興味深そうにサイの説明を聞く。


 数ある道の中でサイが選んだのは少し遠回りになるが悪路らしき悪路でない比較的に優しい道。一応、サイなりに気を遣っているのだろう。


 まあ、見合いを前に尻が痛い、なんてかなり恥ずかしいしね。特にルィルシエくらいの歳頃はそういった羞恥心が一番強いとされている。もう少し上か下ならば気兼ねしないだろうが、わずかでも女になりかかっている歳の娘は羞恥レベルが高いらしいのだ。


 そのことをサイが意識しているかははっきり言って謎だが、それでも、道が決まったので焚いていた火を消して全員が配置に動き、サイがルィルシエを抱えて車に戻ろうとして急に動きを止めた。女戦士の鋼の瞳は先でてきたのとは違う木々の隙間を睨んでいる。


「サイ?」


「……いや、別に」


 別にたいしたことでは、なんでもないと返答したサイはルィルシエを車に乗せて自分も乗り込む。ケンゴクが御者台にのぼって近衛たちが車を囲って再び車は出発した。


 それからの道中は特になにかあるでもなく順調に車はフロボロへと向かっていった。


 途中、用を足したりだとかの小休止はあったが、他に停まる用事がない車はどんどん北上し、北国最大の都を有する国、今回見合いの話をある意味持ってきたオルボウルを横に見ながら通過。ウッペから四日の時間をかけ、一行は縁談を持ちかけたフロボロへ到着。


 それまで、四日の道中ずっと車中野宿だったのだが、サイが探してきた比較的安価であっても必要最低限の設備を持った宿へ着いて、ルィルシエはサイと遊びたがったが、サイはまた地図アンド紙切れと睨めっこして相手にしてくれなかったのでしたとさ。


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