お迎えのひと
「車に乗せてあるのはすべて聖上への献上品だな。こちらの車で運ばせる。貴殿らは聖上の御許へ先に進まれよ」
「お頼みします」
だが、サイの手前、情けない姿を見せるわけにはいかない。と、まあ謎の根性で持ち直したココリエがセツキについて進んでいくと、門の向こうにことさら立派な庭がこしらえてあった。ルィルシエが見たら喜びそうな、西洋東洋各地の花草木が青々と陽に葉を輝かせている。
「草臭ぇ」
「……」
ルィルシエだったら喜んだだろうにサイときたら草花の芳しいにおいを臭い、汚臭であるかのよう言いなさった。こういうところが女らしくない、と言うのだろうか。
一般的な女性だったら「わぁ、綺麗ー」とか言いそうなのに。綺麗とか美しいとか思う感情がないわけではなさそうだが究極興味がないのだ。……多分。
「思ったことをすぐ口にするのは幼児だけだと思っていましたが同等脳ですか?」
「思っても内側に秘めてこっそり陰口の陰湿野郎よりましであろう?」
「……。サイ、あとで私の部屋に来なさい」
「やじゃ、アホボケクソセツキ」
すげえ。セツキにこれだけの暴言を吐ける度胸が怖い。怖いが、今は生憎それに構ってやる余裕がない。これから帝に会う、と考えただけでココリエは口から心臓がでそうだった。顔色が悪くなっているのが、冷や汗が噴きだし流れていくのがわかる。
「お待ちしておりました」
「うわぁっ」
突然、不意討ちよろしくかけられた声にココリエは飛びあがってしまった。
セツキも懐に手を突っ込んで警戒を表すが、サイだけは微動だにせず、声のした方を見てひとつまばたきした。女戦士の無反応に、反応の悪さに相手はくすくす。
「驚かせてしまいましたか。これは失礼」
「これの肝がちまいだけだ」
「うっ」
三人が進む花畑の中に佇んでいたのは男だった。綺麗に整えられた髪の毛や服装からしてかなりの高官。この帝都で高位を任されているのならば、油断ならない。
相手の詫びになんと答えたものか、と思っていたココリエに先んじてサイがいつも通りに無自覚で言葉の暴力喰らえーした。セツキの唇がひきつるが男はなんとか我慢。
「お久しぶりです、セツキ殿」
「お久しく存じます。ネフ・リコ殿」
「捻挫
「ネフ・リコ殿、お構いなく。これはただの特大阿呆です。構うだけ時間が無駄です」
相手を認識したセツキが警戒をとき、挨拶を返したのだが、サイはボケているのか、わざとなのか、天然というか素なのか知れないが意味不明なことを言っている。
どこから捻挫と
「ふふ、可愛いお嬢さんですね」
「ネフ・リコ殿、ご冗談を」
「いえいえ。こんなお美しい方はそうそうおられるものではありますまい? それとも、セツキ殿はもっともっと美人がこの世にいる、などとお考えですか?」
「顔の美は認めますが」
「なにをおっしゃいますやら。体も最高級ではありませんか。このような上玉、望んでも会えるものではありませんのに。さらには肝も据わっていらっしゃる、と」
言いつつ、相手、セツキが言うにはネフ・リコというらしい男はとっくりとサイを眺める。淑女に払うべき遠慮を以て、まるで宝石を愛でるように見つめる男にサイははてな。なぜ、観察されているのかわけがわからず、サイはそばにいたココリエの足を、爪先を踵で踏みつけた。
ごり、と音がしたが、サイは痛くないので気にせず、びっくりしたあと悶絶しかけているココリエに目配せして状況説明を求めた。サイの痛い合図に涙がでそうなココリエだったが、サイの困ったを感じて女の耳にひそひそ話してくれた。
「ネフ・リコ殿。帝都が誇る上流貴族、リコ家の現当主で武の達人と誉を受ける御人だ。その武才と併せ持たれる頭脳を認められて帝様の側近に着任なされた。もう、着任してからでも六、七年はなられると聞いている」
「それがなにか」
「それまで、ネフ・リコ殿が就かれるまで帝様の側近を務めた者はどんなに長くても十日で処刑されてきた」
「粗相か」
「詳しいことはわからぬ。帝様の気に障られたとか、元々気に喰わなかっただけとか逸話はいくらでもあるからな」
ココリエの話してくれた相手の情報を噛み砕き、脳に必要なことだけ詰め込みながらサイは相手を見てみるが、なんというか、読めない男、という印象を抱いた。
表面、顔には笑みがある。優雅で気品のある貴族らしい笑み。だが、笑みの裏になにか隠している、腹に一物持っているかのような不穏さを感じさせるのだ。
まるでそう、飼い主ににゃーにゃー鳴いて甘えてみせ、うまいこと利用している狡賢い猫のような雰囲気。……何気なく失礼だが、まあ、サイなのでどうしようもない。
「御印をお見せいただけますか?」
「あ、はい」
サイが考えていることが瞳に素直~に思ったままそのまんま揺れているのでココリエは苦笑いしていたが、声をかけられて急ぎ返事をした。懐から父に預けられた
「どうぞ、こちらです」
てっきりスタンプラリーよろしくなにかに押印するものと思っていたサイはなんの為に在る判子だ? と変なところに着目したが、ネフ・リコに誘われて歩きだした上司たちについていく。しばらくは草原を搔きわけるように進んだが、すぐにそれは終わり、眩しい白壁が見えた。
「大理石か」
「おや、よくご存じで」
「うむ。触ると冷たいので涼によい」
「あなた、高級資材でなにをしていますか」
「なにしていても己に関係ない」
サクッと切り込んだセツキにサイはザクっと言い返した。まあ、そうだ。サイが元いたところでなにをしていようとサイの自由だ。セツキには関係ない。
しかし、本当に高級資材で涼を取るなんてどういう贅沢だ。てか、他の使い道はないのか、それ。せっかくなのにもったいない。そんなことを考えたせいか、サイは変な単語を口にした。耳に覚えのない、音の連なり。
「Chocolatをつくってもいいがな」
「? なんと言った?」
「Chocolat」
「え、っと……それは、なんだ?」
「甘い菓子の一種だ。私は甘いものは好かぬがBitterなものはわりと好きだ」
「……サイ、わざとか? わざと聞き取れないように発音しているだろう?」
「うむ。早く帰りたいという抗議意識だ」
うん。なんとも可愛い抗議である。ただ、それは普段のサイに比べたら、だ。普段の彼女ならばとっくに口より手がでている。なんとか我慢しているつもりだ。本人的に一応。でも、結局いやがらせに違いなく、セツキの額には青筋が浮いている。
セツキもいつもを思えばとっくに雷を落としているが、御目通りに来ているので我慢している。この分では帰ってからが怖い。ウッペに帰国するどころか宿に帰った時点でお説教街道が開通。サイはもちろん、サイと不必要に口利いた罪でココリエにもお説教街道が開かれそうだ。
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