悪魔の眼


 そうしている間にサイとファバルの間で話は進む。


「ひょっとするが、そなたにある冷たさは入浴中も就寝中もつけていると聞くその眼帯に関係しているか?」


 ファバルの鋭い問いにサイは一瞬だけ、本当にひとつ呼吸する間もないくらいかすかな刹那、息を詰めた。それすなわち肯定。サイの無言返答を見て王は目を細める。


 父親の急な問いにココリエは咄嗟に、だったがサイの左目を隠している眼帯を見た。ココリエには覚えのない素材でできているそれ。そこに、その下にサイの冷ややかさがあると見た父とサイをココリエは交互に見るが、どちらもなにも言わない。それぞれの理由で沈黙している。


 しばらくは硬直した時間がすぎていた。


 そして、ややあって、サイが場の空気を壊した。


 ゆっくりと片手があがっていき、左目の眼帯に女の華奢な手が触れ、眼帯が掴まれる。隻眼に揺れるのは激痛。それをさらすことにサイは痛みを覚えている。サイの痛みを動に見つけ、ココリエはサイを止めようとしたがファバルがそれを押し留めた。王の目には厳しさがある。


 サイの秘密は今後を左右する。知らないことは愚かしさでしかない。それをさらさせることが女を惨く傷つけることだとしても、知らねばバカを見て、場合で国が傾く。


「こればかりは嘘でもいい、吹聴しないと誓え」


「……いいだろう。教えてくれ、サイ」


 嘘でもいい、と言った。嘘が嫌いなサイなのに、こればかりは口を閉じさせられないと理解して嘘でもいいと譲歩した。サイはだが、吹聴しないでくれと申し込んだ。


 サイの本心はさらしたくない。噂立てられたくない。


 しかし、それでもさらさねばならないのならば、とせめてを望んだ女の憐れさにファバルは慰め代わりの承諾を渡し、教えてほしいと頼んだ。教えてほしい、サイの秘密を。なぜこんなにも凍てついてしまっているのか。なぜ、凍える世界でひとりぼっちであることを選んだのか。


 ファバルの脆い承諾の言葉を聞いてサイはひとつため息を零したが、そこからは早かった。


 サイの手が眼帯を剝ぎ取った。そして、開かれたサイの左目を見て中庭の男たちは戦慄した。


「……醜かろう?」


 サイの自虐する言葉はひんやりとした庭へ静かに落ちて沈んでいった。自ら己の目を醜いと謗ったサイは左目に当たる風にふと、自嘲するよう息を零した。


「そなた、それは、いったい……」


「悪魔の呪われ子、と罵られ、一筋の光もない暗闇の中で私は嫌々ながら飼育されていた」


 飼育。まるで家畜のように自らの過去、幼少を語ったサイにファバルの疑問は届いていない。


 淡々とまるで連絡事項のようにサイは続けた。


「生まれつきだった。生まれた瞬間から私の左目は呪われたように醜かったし、気味悪かった」


 他人事のように自身を語るサイは左目のまわりをそっと撫でる。そこにはほとんど消えていたが傷がある。細かな傷。まるで引っ搔いたような、搔き毟ったような傷痕。


 すぐわかった。サイは己の醜さを少しでも取り除こうと自傷していた。サイの自傷行為にだが、三人の男は疑問を抱かなかった。サイの自傷が、自らを傷つけるという悲しさが当然の行為と思えるくらい、彼女の左目は本当に醜かった。いや、醜いどころではなく気味が悪かった。


 白目である場所は真っ赤な鮮血の色。黒い闇色の眼球に走った鋭い血色の瞳孔は奇妙に分裂し、黒い眼球をぐちゃぐちゃに切り刻んでいる。あまりにも異質な瞳。


 左目のまわりを撫でながらサイは続けた。昔の話をただ淡々と本当に無関心そうに語った。


「双子でな。妹がいた。妹はとても可愛くて美しく綺麗だった。だから余計に私の醜さは際立ち、両親は私を心の底から嫌悪して悪魔と謗り、化け物と罵って閉じ込めた」


「閉じ、込、め……?」


「まさに病原菌かゴミクズの扱いだったよ。妹がいると知ったのはわりと早かった。可愛がってもらっているのを知ったのも、美しいというのも聞こえていた」


「そのことに、そなたは」


「なにも思わなかった。私が醜いのが悪い。汚らわしく生まれてしまったことが私の最大罪だと言われるまでもなく、理解していた。私が虐待されるのは私のせい、だと」


 自身が両親に虐められて酷な待遇を与えられているのは自分自身のせい。自分だけの罪。


 サイの悲しい認識と告白に男たちは口が利けない。


 ひどく酷な話だった。サイにはどうしようもないことでサイは悪魔の呪われた子、だなどと謗りを受けた。ばかりに留まらず、サイは光のない暗闇に監禁されていた。飼育されていた、というのだ。ならば食事はきっと食事ではない。人間用の食べ物はもらえなかったのだろう。


 簡単に最悪の虐待が想像できてしまい、男たちは胸が悪くなった。醜く生まれたことを罪だと言われてそれを鵜のように呑むしかなかった幼子は異常な環境で育った。


「なぜ逃げなかった?」


「にげ、る……?」


 思わずしてしまったココリエの問いにサイは瞳を激しく揺らした。その反応だけで琴線に触れてしまったと知ったココリエは身構えたが、サイは青年に掴みかかることはなかった。だが、信じられない、ありえないとばかり息を乱してココリエの言葉を復唱した。女は声を震わせる。


 綺麗な銀色の瞳、醜い黒赤の瞳。両方が揺れている。


「私にとってあのコは、妹は、レンはすべてだ。あんなやつらのところへ、私を虐げていたあんな野蛮人共のところへ置いて、私ひとりで、逃げられるものかっ!」


「……。すまぬ。失言だった」


 失言を謝罪したココリエをサイは見ていない。


 まるでどこか別の時間を見ているかのように視線は宙を彷徨っている。ここではないどこかを見ていて見ていないようなサイをファバルの声が現実で今に引き戻す。


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