攻勢にいでて仕留めん


「! ……っ、……? ……っ?」


 木の幹が軋む音が連続する。


 カザオニは反応してウッペ城の背後である断崖絶壁下、林中でうろうろと視線を彷徨わせる。


 だが、彷徨えば彷徨うほどにカザオニは、その感覚器官は混乱した。音のする方向にはなにもない。なのに、なにかがあった痕跡がある。木の幹に残った着地跡。あとを追えば追うほどにカザオニは困惑を深めた。そして突然、足下で膨れあがった殺気が爆発してカザオニを強襲。


 男の体が宙に舞う。切れた口の中に一瞬で溜まった血がカザオニの唇から零れる。顎へ一撃。


 それも輪郭がどうにかなってしまいそうなほど強烈な一撃に男は堪らず吹き飛ばされていく。


 だが、サイはその程度で攻勢を緩めない。宙に緩い円弧を描くカザオニを追っていくサイは骨ガムを投げられた犬のようだが、秘めている一撃は猛獣の一撃。


「っ!」


 顎を殴られ、危うく脳震盪を起こしかけたカザオニだが、サイに殴られるほんの直前に経験上の判断から跳んで衝撃をほんの少しだけ減じていたのでなんとか立て直す。


 迫ってくるサイに向けて暗器を雨霰と投げつけて時間を稼ごうとするが、サイはまた謎の消失で一気に距離を詰めた。カザオニはこの間合いでは攻勢にでることが到底叶わないと判断。両手を掲げて防御姿勢。直後、にわかには信じ難い衝撃が連続。カザオニを打ちつける。


 カザオニのかぶっている鉄兜が砕ける。男の肩、腕、腹に手足や肝臓など各所に入る拳。その威力は女にあるまじきもの。まさしく一流戦士の攻撃であり連打。


 カザオニはサイの攻撃、激しすぎる大歓迎を喰らって地に背中から叩きつけられる。一回だけ跳ねた体はしかし、以降動かなかった。死んだわけではない。だが、サイの地獄連打ですぐには動けないほどの重傷を負った。地面に広がった男の銀髪からしてどうやら彼も海外の者。


 カザオニが地面に衝突したのを見てサイは空気を蹴って後方移動。着地。カザオニが動けないかどうかをしばらく確認していたサイは男が動かないのを見てやっと一息ついた。息を吸って吐いてして、生きていることを確認してサイは後ろを見た。ルィルシエは座り込んでいる。


 こんな場所にルィルシエが自分から来るわけがない。


 なので、おそらくはカザオニが城に侵入し、護衛を殺して彼女を誘拐。ここであの粗末具足共に引き渡そうとしたといったところ。危うかったとサイは今一度確認する。


「サ、イ……」


「無事か?」


「わ、た、わたくしは、なんとも……っ」


「うむ。なによりである」


 サイの言葉にルィルシエは驚いた様子でいるがすぐに泣きはじめてしまった。カザオニから目を離したくはなかったが、少し振り向いてサイはルィルシエを確認する。


 泣いている。さめざめと泣いている少女の姿が誰かにかぶる。そのコは知った姿をしている。


 知っている。そのコはサイの大切であり特別だった。


 だから、思いだしてサイは悲しくなった。


「まだ、お前が見えるよ、レン……」


 静かに呟いたサイはひとつ呼吸して幻想を振り払い、ゆっくりと後退してルィルシエの隣へ。


 ルィルシエはサイを見上げて激しく泣きじゃくった。少女の目はサイの負った傷を見ている。


 この程度、唾でもつけておけばいい、と思っているサイはなぜルィルシエがこんなに泣くのかわからず、困ったように瞳を揺らす。サイが少女の扱いに困っていると背後から騒がしい足音が聞こえてきた。カザオニが倒れたままなのを一瞬して、サイは音が聞こえてきた方を見た。


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