新たに対する者


 先には男たちが襲撃を仕掛けようとしていたウッペとかいう国の本陣があるそうだが、この際なりふり構っていられない。まともな人間がひとり見つかればいい。


 この世知辛い世の中にまとも、一般的にまともと言われる人間がいるのか、そう簡単に見つかるのかとサイは先を不安視する気持ちを胸に抱えて山路さんろに踏みだす。


 先は明るくなくとも暗くはないと思い込んで山道に踏みだしたサイ。だが、突然その背に恐怖の絶叫が叩きつけられた。殺人者は思わず振り返って向こうを睨む。


 視線の先にあるのは木々と草花の群れ。しかし、その向こうでかすかにではあるがひとの声がする。喋っているのは三人、ないしふたり。ひとつには聞き覚えがあった。先ほど逃がした男の声。男はサイに対した時以上の恐怖を抱えた声で喚いていたが、ふとしてそれが途切れた。


 いやな予感しかしないサイは足音を消してその場を去ろうとしたが、サイが発しているわずかな気配、殺気混じった気を察知したらしき者が木々の間より躍りでてきた。


 サイは咄嗟に防衛の為、ナイフを構えて相手に対しようとしたが、相手の一手がほんの少々早かった。


「っと、危ねえな、おい」


「……」


「……。うーむ、こりゃあどうしたもんかね」


 サイの華奢な手が痺れて震える。サイに対した者の一閃がナイフを弾いてしまい、サイは無手となった。相手はそのことになにも思わないのか、呑気に構えている。


 まるで当然の結果と言わんばかりに余裕をかますのは男だった。しかし、只の男ではない。堂々として立派な偉丈夫がそこにいた。厚い筋肉の体。がっしりした胸肩背。バキバキに割れた腹筋が肌着の上からでもわかる。丸太の腕。武骨な指が握っているのは業物と思しき大太刀。


 先ほど見たメトレットとかいう国の兵士と比べるのは失礼と非難されそうだが、立派な鎧具足を纏っている。ところどころに鉄が混じった土色の鎧は見た目以上に硬度と重量を持っていそうだったが男はその重量を屁とも思っていない。ばかりか、先の雑魚以上に早く動いている。


 冗談のようだった。


「こいつぁ、アンタがやったのかい?」


 男の存在そのものを冗談だと考えている失礼なサイ。だが、男は知ってか知らずか話を振る。


 アンタがやったのか。そう言いつつ男が指し示したのはまわりに散らばっている無惨な血まみれの亡骸たち。


 愚かにも悪魔に喧嘩を売ったことで悲惨な末路をたどった者たちについて男は質問してきた。


 質問、だったのだが、発する声の圧は質問しているとは思えないくらいに重たい。命が失われたことを憂う、とも違うがどことなく悲しげに大男は重々しい口を開く。


「ったく、おとなしく退けばいいもんを……無駄死に犬死にもいいところだな、これじゃあ」


「……」


「で、お兄さんよ、アンタがったのかい?」


 大男の言葉にサイは一度だけ眉を跳ねさせたが、すぐに部品ひとつも動かない無表情に戻っていった。


 それでも答には充分だったのか新たにサイと対した男は微妙極まる顔でぼさぼさ頭をぼりぼり搔いた。初見、サイの凶器を弾いた時は猛虎のようだった男の表情が死者を悼むものに変化したのを見てサイは不思議さを抱いたがすぐにどうでもよくなり、瞳の温度を冷たく落とした。


 サイの瞳が明確に温度をさげて凍えたのを見て男は怪訝さを眉に表していたが即座に察した。


 サイの殺気が空間に満ちていくのにあわせて男も殺気立っていく。爆裂を待つ火薬のようにふたりの殺気は膨れていく。やがてその瞬間、炸裂は突然に起こった。


 男のミリ単位で間合いをはかっていた足先が小枝を踏んだ音がいやに大きく響き、ふたりは当然のようにそれを合図とし、互いに対した相手に向かって飛びかかった。


 無手のままで飛びかかってきたサイに男は一瞬虚を衝かれた様子だったが、サイが取った無謀とも思える行動が持っている意味をすぐさま理解することになった。


 愚直に直進でサイに突っ込んでいきかけた男の背に悪寒が走る。直感に従って身を躱した男が先までいた地面が破砕され、陥没。山の地面が大きく蠕動。震動。


 山を形成する緑の奥から慌てふためく声とそれを宥める厳しい声が聞こえてくる。声をふたりは無視した。無視せざるをえなかった、とも言う。一瞬も目を離せば死ぬ。


 緊張感が場に蔓延し、殺気が支配していた。


 サイの一撃を受けた地面の惨状を見て大男は乾いた笑いを浮かべる。地面は大きく歪み、深く沈んで崩れていた。


 まとめて潰れて砕けた石は粉に、木の枝は折れた、などと可愛いものではなく、原形もわからない木屑になっていた。男の整った唇が息を吐く。危険回避に安堵する息。


 安堵の息を吐いた男は同時に滲ませている気配に警戒と上乗せの緊張を置いた。サイの放った一撃の重さは無手のものとは思えない。破壊力は凶器で脅威の嵐。


「無手だが無手じゃねえってか、おっかねえ」


「……」


「おい、集中して無口になる性質かい?」


 男の気軽な声かけにサイは答えない。余計な口を開くことに無意味さを感じて無言を貫いた。


 が、サイの無言をどう受け取ったか知れないが、なぜか彼は「いっけね」とばかり額を叩く。


 ぺちん、と小気味よい音が鳴る。大男は構えていた大太刀を納刀し、居住まいを正した。突然の武装解除にサイは首を傾げそうになったが男の次なる行動を見て呆けた。


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