第四話・妖怪十帝と魃

 備江は幅の広く流れの緩やかな大河でした。川に近づいた白王は、徒で疲弊した足を休め、水を飲んで憩おうとします。彼が口を川面につけた瞬間、猛烈な勢いで川の中心に向って白王が吸い込まれますが、身体が吸われたのではなく、白王が持っている水分が一滴の残りなく吸収されて、そのまま白王はからからの干物になってしまいました。しかし白王は平然とそこに立ち、手を加えて息を吹き込むと、ぽん、と身体が空気で膨れます。そして川に向かって羂索を投げ込むと、数秒ほど川底をさらい、中にいた明らかに怪しい感触の魚を引きずり出しました。

 穏やかな流れを割いて飛びいでたのは、奇妙な巨大魚でした。般若のような顔を持ち、頤が尖り、額から提灯をぶら下げ、緑色の蛇のような身体をしています。そのまま白王は川べりまで引き寄せると、この奇妙な魚に口をつけて水を全て吸い込んでしまいました。白王の身体が元に戻ったのとは対象的に、その魚は枯れ果ててしまいます。

 魚はぴょんと軽く飛び跳ねると、空中へ向って般若の口を突き出しました。すると遥か上空に蟠っていた雲がほぐれ、彼の口元に吸い込まれていきます。たちまち空にあった雲が全てこの魚に座れ、この魚は元の姿に戻り川に飛び込みました。白王は錦花風虎の術「万走」を使って水面を歩き羂索を使って探そうとしましたが、そうするより前に、魚は自ずから顔を出して、小さく礼をしました。白王は意外に思いながら、平生通り尊大な口調で話しかけました。

「貴様、名を何と申す」

「私はこの備江を治める龍族の末裔、ひでりがみでございます。お噂は兼兼」

「私を知っているのか?」

「貴方が今ご覧になったとおり、物を乾かしたり、潤したりする妖術を持ちます。あの空に気ままに流れ行く徒雲も、下界を見下ろす神の乗り物、それを吸い込めば雲が見てきた景色を改めて見ることが出来、雲が聞いてきた音を改めて聞くことができるのでございます。大百足、四季猫との戦い、見事でございました」

「蛇骨大王と錦花風虎だ。貴様は今ここで何をしている? また誰かに力を封印されたのか?」

「滅相もございません。私はこの備江と同じ体躯を持ちます程度で、あのお二方のように大きくはなれません。私がここを離れず、また貴方と本気で戦おうとしないのは別の分けがございます。我々魃は生れた川で一生を暮らす一族故、自身の川を管理すること親のごとく身長に行っておりますが、近頃は人間の往来などが増えて川が糞尿で汚れて参り、それらを清め漱ぐために雲を待ち、吸い込んで川に流しては、また新たな糞尿が流れてくる始末……。川が汚れすぎていると魃は川を全て蒸発させて自ら命を絶つさだめ、しかしかような人間の横暴に自死を選ぶのはあまりに悔しい。そうして私は大好物の魚を諦め、もう十余年も何も食べず、雲を吸い続けてるのであります」

「哀れなことだ。ようしようし、この白王さまがなんとかしてやろう。そのかわり貴様も私に仕えてくれるな?」

「もちろんでございます。もともとこのようなことがなければ、貴方のような方にお仕えしても何の問題もありませんから」

「では少し待っていろ」

 白王はそう言うと、思い切り高く飛び上がって天上界まで瞬間移動をしました。移動した場所は天上界の大河で、その水辺で眠っている一人の水神に羂索を巻き付け、再び備江まで瞬間移動をしてきました。目覚めた水神が暴れようとするのを神通力で押さえつけると、そのままその水神を川に叩きつけ、奥深くまで神通力で押し込んでしまいます。

「白王さま、何を……?」

「良いか。今からこの水神は川底に閉じ込められる。腕をもぎ、足を切り、舌を抜いて動けなくしよう」

「ですからそれが……?」

「川を見よ」

 白王に言われたとおり魃が川を見ると、その川は一瞬にして清澄な色になり、先程まで水を濁らせ溢れていた糞尿がみるみるうちに水底の水神に吸い取られていくではありませんか。

「おお、白王さま!」

「これから流れてくる汚物は全てこの水神が、ご好意で・・・・吸ってくださるそうだ。これでお前も思う存分好きな魚が食べられよう」

「本当にありがとうございます。なんと例を言ってよいやら……」

「例などいらぬ。それより、貴様も私に仕え妖怪十帝となり、その神妙なる妖術を教え給えよ」

「喜んで。魃一族に伝わる乾湿自在の妖術と、川や水を操る術法を、貴方にお教え致しましょう」

「では私から感謝の印として名を授ける。『三帝さんみかど 備江竜王びこうりゅうおう』の位を、『大天旱母たいてんかんぼ』の名を賜る」

「白王さま、これより私は貴方の下僕でございます。何か喫緊のことがございましたら、いつでもお呼びくださいませ」


 そう言って大天旱母は水の中へ去っていきました。さて、困ったのは不幸なことに白王に拉致され、四肢をもがれ舌を抜かれる禍に見舞われた水神です。汚物を吸い続けていく水神は恨みつらみの中で善神エフ=エレフの教えに倣い恨みをすすいだ結果、解脱し悟入します。そんな水神が口から吐き出した気泡は備江の流れに乗って川下の都へと運ばれ、そこに文明を根付かせました。整備されなかった下水道や厠などを進歩させた水神は、次第に汚物を吸わなくなり、綺麗な御身となって、やがて川から突然現れ出ては溺れている子供を助ける妖怪「水子達磨」と呼ばれるようになりました。

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救世記 @taroutarou0

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