第三話 妖怪十帝 四季猫

 蛇骨大王が吐き出した羂索には、蛇骨大王の胃液が染み、生物の体を溶かすことの出来る妖力が身についておりました。これを使って白王は山を溶かして洞窟を掘ると、そこを根城にして行き交う旅人を捕らえ、食料にしながら妖怪の話を集めました。彼が洞窟に住んで三日目、修行中の僧侶が白王の羂索に捕らわれ頭を食われかけていたところ、僧侶がだしぬけに経を唱え始め、付近の山々から幾体もの虫が飛んで白王を襲いました。白王はなんなくそれをはたき落とすと、目の前に居る僧侶がただの僧でないと勘付き、顔の皮膚を剥いで問い詰めます。すると僧侶は、ここから東へ真っすぐ向った先の金華林を治めている「四季猫しきびょう」に仕える小妖怪が、行きずりの僧を食らって化けたのだと言いました。白王は彼を丸呑みして、早速蛇骨大王の術「熔化液」で小妖怪を溶かすと、立ち上がって金華林に向かいました。


 四季猫はそこにおりました。身の丈三十一尺(※約940センチメートル)の大きな虎で、身体を桜の花びらが包んでおります。

「予の配下を食らった妖怪が居ると聞いたが……成る程、その神通力にしてやられたというわけだな」

「貴様が四季猫か。私は五行王者、陰陽之皇、三才掌帝、白王などと称される天下を治める妖怪の王だ。近々、私は天界と戦をして、あの傲慢な神々を撃ち落とそうと考えている。協力してはくれまいか」

 長い爪の掌で髭を弄びながら、ごろごろと四季猫は喉を鳴らしました。そして、厳かな調子で答えました。

「予はかつて天上界の園生に爛漫と咲き誇る数多の木々花々を司り、神々の目を愉しませていた。官職は『錦庭太子きんていたいし』。なれど、梅を咲かせよと申した悪神の言葉を聞き過って桜を咲かせてしまい、この地上に堕ちた。神々は傲慢だ。予もそれは認めよう」

「それでは力を貸してくれるな?」

「この身を覆う忌々しい桜は、地上に落とされた折、悪神が掛けた呪いだ。何を喰らってもこの葉が養分を吸ってしまうから、飢えること久しい。悪神を倒せば、この呪いも解かせられよう。しかし、主は予の配下を喰い殺した。信頼ならん。本当に神を倒したくば、潔く予の腹に納まり、予の神通力の糧となれよ。主ほどの手練であれば、少しは予の腹も治まろう」

 四季猫は端正に並んだ歯をむき出しにすると、白王に飛びかかりました、白王は羂索で四季猫の後ろに回ると、自分の身体ほどある大きく長い尻尾をつかみ、投げ飛ばしました。しかし、四季猫はくるくると空中で廻り、林を大きな体でひたひたと駆けのぼりました。白王はその身軽さに感嘆します。

「私の数倍はある体格と重みで林を登るとは、大した猫だ」

「予は金華林のみならず、金華山、緑河、万果山などでも名が知れておる。予こそは天下に名高き妖術の泰斗、金華帝の四季猫なるぞ。頭が高い」

 金華猫はそのまま大きく飛翔して、白王に向かって硬化しました。白王は素早くそれを交すと、四季猫の爪を剥がして、耳に刺しました。四季猫は叫び声を上げて飛び退くと、体をぶるぶる震わせます。すると耳の刺し傷が癒え、剥がれた爪が再生したではありませんか。白王はさらに感嘆して、拍手を送ります。

「金華猫! 貴様は大変妖術に優れている。どうだ? 私の配下にならぬか?」

「何度も言っておろうが。王を自称する主のような小物の手下になどならぬわ」

 この一言に怒った白王は、息を深く吸い込むと勢いよく叫びました。四季猫の体は吹っ飛び、林に叩きつけられます。四季猫は体勢を立て直そうと飛び上がりますが、上から強力な神通力で抑えられ、立ち上がることさえままなりません。白王は倒伏させられた四季猫に近寄ると、彼の瞳を見つめます。

 次の瞬間、白王の瞳に燃え盛っていた炎が四季猫に移り、燃え盛りました。四季猫はまた叫び声を上げて体を震わせますが、炎は瞳を灼き続け、とうとう四季猫の瞳は溶けてしまいました。

「予の目玉を還せ!」

「……私、否、我を小物だと? 我を誰と心得るか! 我は五行の王者、陰陽一切を悉く知る者、三才を掌る帝、白き帝王、妖怪の大帝であるぞ!」

「ええい、主も忌々しい、天上の神々と同じ傲慢の徒ではないか! 良かろう、予も主の強さに敬意を評して、かつての力を顕して見せようぞ!」


 四季猫は眼を拭うと、再び体を震わせます。すると、なんということでしょう。四季猫の桜が体から降り落ち、あれほど盛んに燃えていた瞳がみるみるうちに戻っていきました。林はざわめき、うごめきだしました。白王は掌から火を放って林を焼こうとしますが、ふしぎなことに、白王の火は林に吸い取られてしまいます。

「主のような奸物に予の力を見せるのはちと気が引けたのだが、まあよい。予が四季の猫と呼ばれる所以を見せてやろう」

 林に並んでいた木々は次々と姿を変えていき、辺りは桜、紅葉、柊、榎で充ちました。四季猫は高笑いをすると、その爪で白王を切り裂こうとします。白王はすんでのところで身を退けますが、四季猫の爪から氷の礫が飛散し、白王の体を貫きました。白王が呻くのをよそに、四季猫は笑います。

「天上界に於いて春夏秋冬が共在する一瞬のうちに生れ、四季の力を預かった『錦庭太子』が、主のような小悪党に負けるはずがなかろう!」

 四季猫が吠えると、白王の体から火が噴き出し、体を包み込みました。四季猫は勝利の確信のために大きく笑い、一本の大きな桜の上まで昇りつめ、四方にその咆哮を轟かせました。


 しかし、そのときです。四季猫の体に羂索が巻き付き、彼を引きずり下ろしました。四季猫は驚きのあまり身を固めてしまい、その大きな脚が氷に包まれました。

「しがない庭師が三才を掌る帝に打ち勝とうなどとは、片腹痛い。もう一度言おう。天上五万五千の軍勢を蹴散らし、武神と槌神を打ち破り、悪神にさえ歯向かった、我こそは……白王である!!」

 白王は全身を包んでいた炎を瞳に治めると、地面を強く叩き、火を送りました。地面を流れる火は流動体になり、やがて溶岩のようになって、四季猫を貫きました。四季猫の体に桜が萌し、彼はそのまま横ばいに倒れました。

「ぐ……なんという神通力……予が手も足も出ないとは……。それに主は、あの悪神に歯向かったというのか?」

「左様。我は傲慢なる天界を撃ち落とす帝なり。貴様のようなつわものを集め、妖怪十帝を組織し、悪神の軍勢と戦う腹積もりである。百足山の大百足も呑亮大蛇となりて我に仕えた」

「……! 五万丈の蟒蛇うわばみか」

「最後に聞く。貴様も我に仕え、神に逆らって、貴様の住みやすい世界に作り変えようではあるまいか。さすれば我も不必要に貴様を傷つけはせぬ」

 そう言うと白王は手をかざして、四季猫の腹に空いた大穴を直しました。四季猫が自分の体に使っていた恢復の妖術で、見よう見まねで会得したばかりか、自分以外のものに使う術まで身につけてしまったのです。四季猫は傷が治って自由に動けるようになると、ただちにひれ伏し、丁寧な口調で言いました。

「これまでの非礼をお赦しください、白王さま。私は今日からあなたに仕えましょう。どうか私を、自由にひらけた白王さまの御国おんくにに導いてくださいませんか」

「良かろう。ではまず、その桜の呪いを説いてやらねば」

 白王は付近にあった柊をもぎると、四季猫の頭に載せ、法力を注ぎます。すると桜はたちまち柊の葉に変わり、四季猫の身体が勢いよく伸び、三倍ほどの大きさになりました。

「ほう。貴様も抑えられていたのか」

「私は四季より生まれし化け猫、風より早く大地を掛ける身の丈二千尺の妖虎でございます。ああ、白王さま、今日から私はあなたに仕えましょう。いつでもお呼びくださいませ」

「よくぞ言うてくれた。貴様に『ニ帝にのみかど 拓苑大将たくえんたいしょう』の位、『錦花風虎きんかふうこ』の名を賜わろう」

「誉れ高きことでございます」

「それから、貴様が持てる全ての術を我に授けよ。我は今、ほんの少しでも強力な術を欲しておるのだ」

「畏まりました」

 錦花風虎は林、山、崖などを駆け上り、水を自在に泳ぐ移動術「万走ばんそう」を教えました。その後錦花風虎は深く礼をすると、風のようにどこかへ走り去っていきました。

 金華林や金華山などにいた四季猫に仕える妖怪たちは、新しい頭「白王」を慕い、おおいに彼の強力無比な神通力を歓迎しました。そして、白王が神にも比肩する強力な妖怪を探していることを訊くと、錦花風虎の腹心であった三脚鴉さんきゃくあがここからずっと西の大河「備江びこう」に、錦花風虎でさえ恐れる妖怪がいると言いました。白王は満足そうに肯くと、備江に向かって歩き出しました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます