第二話 妖怪十帝と大百足

 地球に降り立った白王は悔しさのあまり地団駄を踏み鳴らし、彼が纏っていた炎は地面に流れ、やがてそれが盛り上がると火山を成しました。山頂を空へ伸ばしながら凄い勢いで成長していく山に、白王は息を吹きかけて火の勢いを鎮めると、その中に根城を作り、「五行王者宮殿」と言う看板を建てて中に坐り、これからのことを思案しました。攻撃を受けただけで武器は奪われていないから、再び悪神に挑むことが出来るだろうと踏んでいた白王は、今の自分に足りないのは技と兵である、という考えを持ちました。今の所彼が仕える術は全身を包む炎と、瞬間移動だけで、いくら自分でも神々相手に一人で戦い続けるのは無理があると悟ったのです。彼は五行王者宮殿から出ると、諸国を漫遊しながら技を学びつつ、自分の兵を探す旅に出ることを決意しました。彼は山に「白山はくさん」という名をつけました。


 白王は眼が非常に良かったので、白山より遥か南に都があり、北の方には白山以上の巨大な山々、東には様々な妖怪の棲む川、西には寺が連なる地帯を見、まずは山の怪を倒してしまおうと北へ向かいました。生まれつき人間に近い姿をしていた白王は、髪を束ねて笠を被り、道中見つけた一人の僧侶の身ぐるみを剥いで僧侶の変装をすることで、人々に警戒を抱かせず妖怪にまつわる説話を集めました。北に七十里ほど進んだ「百足山」には、山を七周と半ばまで巻くことの出来る巨大な百足が住み着いていると仄聞し、「良かろう。私はここより南に十数里ほど歩いたところの白山というところで修験を積んだ『白大聖はくだいしょう』という僧である。その百足を退治するから、案内せよ」と旅人を騙し百足山まで案内させました。

 百足山の入り口についた白王はすぐさま、妖術で姿を認識できないようにさせている巨大な百足が山を巻き、口を大きく空けて迷い込んだ人々を食おうと構えていることに気が付きました。一方の百足もただならぬ神通力を感じてぎょろりと白王を睨むと、身体を捩らせながら体勢を変え、白王の方を向きました。白王はにっかと笑うと、案内役の旅人を掴んで百足の口に投げ入れ、「自分はこの百足山に住みたいと考えている妖怪、白猿だ。どうかこの生贄で私の入山を赦してほしい」と言いました。百足は旅人を噛み砕くと、「よかろう。この山は私の一万の子供達が這いずり回り、運良く私の口から逃れた旅人達を襲っている。だから、一旦私の口から入り、尾の方から出よ。そのあいだ、この山の百足達に警戒されぬよう私の匂いをべったりとつけてやる」と言いました。

 白王は百足の身体の中に入ります。百足は口を固く閉じると、身体をくねらせて白王を胃の方へと流します。百足は端から白王を入山させる気などなく、体のいい言葉で騙して彼を喰らい、その神通力を吸収する腹積もりでした。しかし白王もそれを承知しており、おもむろに羂索を取り出して体中に伸ばし、百足の体を引き裂こうとしました。百足は胃液を噴出して白王を溶かそうとしますが、彼は瞬間移動ですぐに百足の外へ逃げると、中へ置いてきた羂索を伸ばしました。体に張り詰める羂索に苦しんだ百足は大声でわめきます。


「わ、わかった。貴方様はおそらく、天下に名高い大妖怪様なのでございましょう。その事も知らずに貴方様をたん食しようとしたどうかこの哀れな老いぼれ百足めをご寛恕頂ますようお願い申し上げまする」

「待て、待て、百足よ。私は何もお前を殺しにやってきたのではない。あの生贄だって、友好のつもりで送ったのだ。良いか、近々私は強大な妖怪たちを集め、天界と戦を仕掛けるつもりである。貴様のような巨大な百足が居れば、ずいぶん助けになるに違いあるまい……と思ったが、このような単純なやり方で負けてしまうのならば、神々の末端の使いでさえ倒せぬだろうな」

「お待ち下さい。私は今ではこのような老いぼれ百足ですが、かつては月をも食らう巨大な蛇でござりました。しかし私を退治しようとした僧侶によって私は縮められたのでございます。なんとかこれくらいの大きさのところで僧を出し抜き喰い殺しましたが、最後の力を振り絞った僧は私をこのような山へ縛め、百足の姿に変えてしまったのでございます。動こうにも法力が働いて動かれず、口を開けて旅人を待つ情けのない有様……もしこの呪いを解いてくださるのであらば、私めは喜んで貴方様の御手御足となりて、天界の戦では数多の神々を食らってやりましょう」

「相わかった。この法力を私の法力で抑えつければ良いのだな?」


 白王は言うが早いか、百足を押さえつけていた法力を、夥しい法力によって打ち破りました。すると、百足の身体が勢いよく伸び、先程の倍までに至ったところでぴったりと成長が止まります。百足の身体をたちまち黝い鱗が被覆し、すっかり百足は蛇の姿を取り戻し、嬉しそうに舌をちろちろと出しました。しかし、白王はなんだかがっかりしたような表情をしました。


「なんだ。小さいではないか」

「お言葉ではございますが、これ以上大きくなってしまえば折角の清透せいとう術が解けてしまいまして、たちまち人間共に姿を見られます。私を封じた僧がいるように彼らの力は侮れませんゆえ、天界の戦の前に余計な体力を消耗するのは得策でないと考え、これくらいの大きさになったのであります。私は自身の身の丈を一寸まで縮めることも出来ますから、後でもう少し小さくなるつもりでございます」

「そうか。では、貴様のその優れた妖術を信じ、貴様に名前を授けよう。……月を食らう程度では足らぬからな」

「と申しますと?」

「私は一度天界五万五千の兵を引き連れた武神と戦い、勝利している。が、その武神が仕えている最高神には掌一つでやられてしまった。そのような神々と戦うのに月を食べられる程度ではまるで戦力にならん」

「………さすれば、私は太陽を食ってみせましょう。私が妖術を解き本来の大きさになれば、五万丈はございます。この身に太陽も月も収め、昼夜を問わずして世界を晦闇に沈めて見せましょう」「良かろう。今日から貴様は妖怪十帝の一人だ。『一帝いちみかど 呑亮大蛇どんりょうだいじゃ』の位 『蛇骨大王じゃこつだいおう』の名を賜ろう」


「ありがたき幸せでございます。貴方様も名は?」

「五行王者、陰陽之皇、三才掌帝、白王。好きに呼ぶがいい」

「そのような明るき御名前では、これから世を闇で統べようという貴方様の威徳が現れぬではありませんか。今の間は白王様と呼ばせていただきますが、いずれは闇の化身、妖怪の王として、『妖怪大帝』と呼べる日を愉しみにしております。では私めは何処かへ潜みますが、なにか御用がありましたらいつでも私をお呼びくださいませ」

「待て。最後に一つ、貴様に頼みがある。透明になった妖術、胃液を出した妖術、身体を自在に変化させる妖術を私に教えよ」

「はは。仰せのままに」

 蛇骨大王は目の前で全ての術をやってみせると、白王はすぐさまその術を覚えてしまい、改めて蛇骨大王はその凄まじい力に敬服しました。蛇骨大王は深々と頭を下げると、するりと姿を消してしまい、その場から跡形もなく消えてしまいました。


 その日から山に響いていたかさかさという百足の足音は消え、百足山に何匹もの蛇が現れるという話で、山の近くに住まう人々は持ち切りになりました。

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