忍びとくノ一のはみ出し会話 2

 沙衛門達が幽冥牢屋敷で働く様になり、その準備などで色々な事があったが、一番幽冥牢、ルビノワ、朧を驚かせたのは

『『朧スペース』の隣に住まいを置きたい』

という提案だったろう。彼らによれば、

『あの地下の謎空間は思い切り忍者としての鍛錬が出来る絶好の環境である』

というのだ。

 なるほど、怪奇現象も珍しくなく、よく朧が一人で住んでいるものだと常々驚いてはいたのだが、くり抜かれて作られたかの様に岩肌から天井にかけても高く、『朧スペース』に至るまでの道を作ってもらった際に業者に調べてもらった限りでも崩落の危険性はないらしい。

 もっとも、それだけ告げて、その業者の男は出社してから社用車でどこかへ出向き、それ以来行方不明になってしまったらしいのだが。見つかったという報告もないのだが、それをしに来た年配の担当者と思われる男は

「我々の業界では、その……しばしばこういう事がありましてね」

と伏し目がちに言っていたので、幽冥牢は神社でのお払いを推奨した、という経緯がある。


 沙衛門達の希望は通った。幽冥牢とルビノワがこれまで何度か、朧にとってホームベースであるその『朧スペース』の近隣に、平屋ながらしっかりした造りの家が唐突に見つかったからだ。

 明らかに怪しい。『朧スペース』から何しろ一分もかからない場所に忽然と姿を現したのだから。向かい合う窓を開けてお互いに

『よっ☆』

と挨拶出来てしまう距離である。

「まあ、俺達が生きた戦国時代でも、武将とその下っ端共に蹂躙されそうな村々では、式神などを操る連中が似た様な事をしておった。土地ごと隠行の術で覆い隠す事で、朽ち果てた村にしたり、山々であるなら、無人の山に見せるという訳よ」

と、沙衛門とるいは歴戦の勇士らしくどこ吹く風という様子だったが、どう考えても危ない。


「業者さんにも沙衛門さん達にも何かあったら申し訳ないから、沙衛門さん達の知っている悪霊退散系の知識を是非発揮して下さい」

という幽冥牢の希望で、作業前とその後に、かなり本格的(沙衛門・談)な儀式が執り行われた。

 聞いた所では旅の法師から教わったまじないの言葉とそれに即した儀式だという。

「長年の修行を積まれた御仁から教わったものだ。浄化とその後の魔よけとしての効果はこの目で見ておる。

 俺達の仕事も基本的には縁起担ぎが大切であったし、それでかなり助けになっていた事もあっただろうよ」

 いつもと変わらぬ、飄々とした口調で、沙衛門は言い、るいは微笑んで見せた。


 業者による建物のチェックと支払いまでが無事に済んだ、沙衛門達の新居の前。居合わせた屋敷の他のメンバーの揃っている前で、沙衛門が言った。

「朧殿の家の方にも何かいるが、気付いているかな?」

「やっぱりそうですかあ?」

「なくし物とか、変な影とか、そういう事があったのではないか、というものが臭って来る」

「じゃあ、やっぱり人じゃないんですかねぇ……」

「ふむ……はっきりした所までは分からぬが」

 沙衛門は、胸元から白封筒を、るいはお守りと腕輪数珠を取り出した。

「これを南向きの場所に置くといい。盛り塩もする様に」

「家内安全のお守りです。中の石と腕輪数珠はこれで時折浄化してあげて下さいね。お屋敷の、月に当たる窓辺で一晩置くといいかと思います」

 るいはそう言うと、さざれ石の入った蓋付きのガラス容器を渡した。受け取った朧は、大切な宝物でも扱うかの如く、それを胸に抱き締めた。

「何だか申し訳ないですねえ……今度何かでお礼しますよう」

「色々美味しいものを教えて頂けるとありがたいわ、朧ちゃん」

 確かこの辺りから、るいは朧をそう呼ぶ様になっていたかと思われる。

「お安い御用ですよう! 腕によりをかけますから、楽しみにしていて欲しいですねえ。

 知らないお料理でも、レシピがあれば作れますから、気になるものがありましたら遠慮なく言って下さいねえ?」

「あら、それは楽しみ☆」

 るいが微笑んだ。

「また何かある様だったら、どんな小さな事でもかまわぬ。気軽に声をかけてくれ。俺達が調べてみる。今はいんたーねっとというものもあるのだろう? それなら文献を漁るにしても目安を付けやすかろう」

「ありがとうございますう」

 ルビノワも感心した表情で言った。

「沙衛門さん達はそちらの方にも精通されているんですか?」

「うーむ、何と言うか……あれよ、お役目で禁忌とされた場所に踏み込んで調べねばならぬ場合というのがある。一番厄介で恐ろしいのは目に見えぬ、土地神であるとか、その場所を守っている仕掛けであるからして、その度に事前に教わってから向かっていた訳だ。

『死して屍拾うものなし』

だとか何とかよく喩えられる俺達の立場だが、それこそ揃って朽ち果てては意味がないし、他の土地で生き延びるべくお役目に就いている同業の者の評判まで落としてしまうからな。

 それは避けねばなるまい。そういう事だ」

「なるほど……私達の傭兵稼業でも似た様な仕事がありました。参考にさせて頂きたいので、時々一緒に技術と知識共有の時間を取りませんか?

 沙衛門さん達も今の時代の戦の知識は蓄えておきたいでしょう?」

「大事な事ですねえ! 私とルビノワさんのそれで良ければお教えしますよう」

「確かに。そうしよう。ルビノワ殿、朧殿、ご指導賜わる」

「何から何まで、恐れ入ります」

 沙衛門とるいが頭を下げた。

「いえいえ。お互いのスキルで新しい方法を編み出せたなら、それは素晴らしい事ですし」

「違いない」

 いやはや、頼もしい仲間が出来たものだ。

「良かったね!」

 幽冥牢もそれとなく、屋敷の警備装置などを提案し、設置していたルビノワと朧だけでは人数的に厳しいのではと考えていたので、その人数が増えて互いの背中を守りつつ、更に高度なものになるのはありがたかった。

 何より仕事仲間でもあり、家族に近い立場の安全性が高まるのは喜ばしい事だ。




 それからの、ある日の夕暮れ時だった。と言っても日が差さないので、時計で確かめるしかない訳だが。

 沙衛門が居間で、るいの入れてくれた煎茶をすすり、言った。

「今日もはっきりしない天気だったが、洗濯物は乾いたかな、るい」

「ここは人外魔境に等しい地底ですから乾く訳がありませんよ、沙衛門様。ですから先程洗濯物は朧委員長に渡しておきました。彼女に渡せば白くて綺麗になって戻って来ますよ、きっと」

「我等の職業柄、あまり白くて綺麗だと目立ってしまって困るのではないかな、るい」

「あくまで例えです。私だってそういう風になられては困ります。濡れたらきっと透けてしまいますよ。あちこち擦り切れていますから」

「俺としては嬉しい限りだが、そう言えばお前に服の一つも買い与えていないな。済まぬ。

 では今度、ルビノワ殿と朧殿の買い物に一緒に行って来るが良い。さすれば現代風俗にまっちした衣装が手に入るだろう」

 幽冥牢が最初の契約料と当面の生活費として二人にそれぞれ百万円ずつ渡して来たのだが、ルビノワと朧の説明を受けると、それは彼らの生活内容だと数年は余裕で過ごせるものだったので、仰天した。

 今は二人とも銀行とかいうシステムを教えてもらって口座を作り、そこに預けてあるが、まだ貨幣価値を学んでいる所であり、財布に収めている金額もルビノワと朧に倣い、数万円程度に抑えている。

 なので、るいがお洒落に使うくらいは別に大きな出費ではない。

「沙衛門様……よろしいのですか?あなたを差し置いて私ばかり」

「構わぬ。俺はいつもの一張羅が気に入っているからな。問題ない。

 楽しんで来るのだぞ、るい」

「ありがとうございます。ん……」

 るいは師匠でもあり、愛する男の頬にくちづけをした。

「おや。これ、そんな事されちゃうと収まりがつかなくなるではないか」

 人差し指でちょいちょいとるいを招こうとする沙衛門。

「だーめ。夜までお預けです。近所に朧さんもお住まいなんですよ?

 今の時間から恥ずかしい声を上げたりしたら筒抜けで私達の赤裸々な夜の営みを実況中継してしまう事になりますよ。上手く言えませんが、彼女が

『こんな夕暮れ時からお盛んですねえ☆』

とか仰りながら乗りこんで来たらさすがに私も情けないです」

「なるほど、話は分かるが……大変に今更だな」

「そうですけれども、その一線を守るかどうかがだらしないだけの人間との決定的な差の様な気がするのです。スケベなのとだらしないのは違うんですよ。って人のお尻を揉みしだいたりしながら話を聞かないで下さい。めっ!」

 るいの白くて細い手が沙衛門の手をぴしゃりと打った。

「えー。けちっ!」

「沙衛門様は明らかにこちらへ参られてから平和ボケされたと私は思います。その代わりどんどんスケベぶりに磨きが掛かっておいでです。

 るいは悲しゅうございます。うう」

 袖で目元を覆い、悲しげな声を上げるるい。勿論、沙衛門をしつける為の嘘泣きであったが、彼は彼女の涙には、とーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっても弱いのだった。

「……済まなかった。確かに俺は最近ほんの少しだらしなかったかも知れん。茶の席で使うさじ一杯程度かもしれないが、それは我等の世界において死に繋がるものだというのを忘れておった。

 ほんの、目に見えぬ塵一つ程度のだらしなさだったかも知れないが悪かった。謝る。我慢する」

「どんどん分量が減ってませんか?  

……私だってセックスレスの関係になろうと言っているのではないのです。ただ、もう少し

『節度のある淫猥人生』

を歩みませんか、と提案しているのです。一緒に頑張りましょう。ね? 私の沙衛門様」

「新しいぷれいだと思えばいいか。新しいのばかりだな、最近」

「少し方向性がずれていますがそれで頑張れますか?」

「はーい。指切りげんまん」

 二人は小指を絡めた。

「げーんまん。期待してますよ」

「お前との約束なら必ず守って見せるとも、るい。見ていてくれ。

……とか何とか言っちゃって、着る物が無いから一つの布団にこんな風に二人で抱き合いながらくるまっている時点で全く説得力が無いがな。

 話が終わればほらもう夜だ。いいな、るい」

「何か釈然としませんが……約束だからいいです。……あぁ……!」

「ふふふ……」

 長話をしていれば時間は経つもの。攻略法を早速見つけ、彼は闇の中で微笑した。

 かわし方の分かった約束を交わしながら、沙衛門は闇に光るるいの裸体を力強く抱きしめた。

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