第79話 きっかけ
僕たちの演劇は、ウケた。文字通り、笑いが取れるような、そんな感じだった。
内容は、お世辞にも良いとは言えなかったが、やりきったという感じはした。こんな裏方でも、真面目にやって見たら案外、充実はするもんなんだな、そんな思いだった。
さすがは、鈴井くんたち。彼らが舞台に登場した瞬間に、学年の生徒たちや他校の観客が盛り上がる。リュウや樽本さんみたいに、顔が広く活発な性格は、一種の才能を感じる。
そうか。僕は、彼らが羨ましいんだ。
顔が広く、色んな世界を持っている彼らが、羨ましいから、アニメや小説などのフィクションをまともに知らない、そうやって罵っていたことに、僕は今になって気付いた。
彼らよりも優れている部分、言い換えれば僕よりも劣っている部分を探して、プライドを保っていたんだ。
昼休みに、鈴井くんが僕に気遣って、関わろうとしていたのを、僕は、つまらない意地を張って拒絶してしまった。年上だから、なめられないように。
今となっては、そんなことが、馬鹿馬鹿しいとさえ思ってしまう。
だから、僕は一歩踏み出してみた。彼らが見れば、ちっぽけな、それでも大きなイベントへ繋がる、大事な一歩。
発表を終えた後の舞台袖。出来映えについて話したり、「お疲れ」と言い合う暇もなく、僕たちは劇で使った小道具や背景のボードを急いで片付ける。
今まで、不文律のように、決定権を握っていた鈴井くんグループが、率先して道具を運んでいた。
「亀井さん、持ちますよ」
そう言って、抱えていた小道具の箱を、鈴井くんが受け取った。
あと、と付け加えた言葉の内容に、僕は目を見開いた。
「俺らが、いろいろ決めちゃって、すいません。俺が勝手にこんなことを言うのもアレですが、亀井さんは、いろいろ抱えていたんだろうって、思ったから。亀井さんの意見ももっと聞くべきでした。あとは、他のみんなの意見も…」
声が出なくなる。お互いの沈黙が、僕の胸を締め付ける。どう言えば正解なんだろう。分からなくなる。
彼は彼なりに正直な気持ちを打ち明けたのだから、僕も同じように打ち明けないのはフェアじゃないかもしれない。だけど、僕は、彼らを見下していたこと、僕が主張する勇気が無かっただけで、最終的に決定した彼らの考えを全否定してしまったこと、それを言う勇気すら、この期に及んで持ち合わせていなかった。
だから、せめて、これだけは言ってみよう。胸の中に秘めた思いの、ほんの一部をさらけ出す。
「鈴井くん」
「はい、なんすか?」
「今度また、弁当誘ってよ」
再び、沈黙が出来る。驚いた様子の鈴井くんは、取り澄まして、僕に向き直った。
「はい! もちろんっす! 彼女のことも根掘り葉掘り聞かせてもらいますからねっ!」
「あははっ、それは勘弁」
笑い飛ばす彼に、僕は苦笑まじりに返事をした。
会話もそこそこに、鈴井くんはいつものグループの方へ歩いて行った。
これでいい。
今すぐじゃなくても、少しずつ、少しずつ前に進んでいけばいい。周りに溶け込んでいけばいい。
この文化祭で、そのきっかけを作れたのなら、合格だ。
演劇は、予想以上の盛り上がりだった。
後に続いたクラスのものにも負けないくらいの出来だった。最優秀賞には届かずとも、何かしら賞はもらえそうなくらいだ。
劇が終わってから、僕たちのクラスも、見る側の席へ移り、劇を鑑賞する。
そして、やはり1組が、最優秀賞を取ってしまうだろう。僕のクラスには失礼な話だが、そう思ってしまった。
2年1組、藤田聡子の劇が始まる。
いや、伏見ソウシの魂の作品を、今ここで目の当たりにする。
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