第78話 お互いに
1日目は、あっという間に終わり、夕方を迎えた。僕は、2人と別れてから、クラス全体で集まり、明日の演劇の小道具を準備する。
さっきの、暗い空間での出来事を思い出す。
僕のことが、好きだった、と。
あの顔は、嘘をついているようには思えなかった。鈍感な僕でも見て取れる震えと緊張。
あんな可愛くて派手な世界にいる子が、僕のことを好きだった。今でも数時間前の事実が、夢のように思える。
そして、帰り際に、こうもいった。あの事故は、亀井さんのせいじゃない、と。
私に、『拒絶』は効かないんですよ。
言ってもいいのか、そう逡巡するような面持ちで、もう一つの告白をした。
それが、私の『チカラ』です。だから、あれは『事故』なんです。単なる私の不注意だったんです。
それに、と続けた彼女。
それに、私は、勇気が無かったんです。亀井さんのことを面白半分で話題にする友達を切り捨てることができなかった。好きな人のことよりも、自分の今後の立場を考えてしまった。だから、バチが当たったんですよ。
堪えていた涙は、どうにも嘘泣きだとは思えなかった。
気持ちのすれ違い。単なる誤解。
僕たち子供にとっては、十分すぎるほどに長い4年間を、そんな簡単な言葉で片付けられなかった。
同様に、彼女は、僕の思い込みに苦しみながら生きてきた。それでも、互いの苦しみを断ち切るために、僕と会って、事実を告げる覚悟を決めた。そして、僕もそれを承諾した。
それでも、頭の中に駆け巡る仮定の数々。
もし、僕が、あの日の放課後に、あの踊り場にいなかったら。
もし、僕が、『チカラ』を使わず、彼女の人生を奪ってしまったという勘違いをしなかったら。
もし、僕に、もっと早く、彼女の元へ向かう勇気があったら。
そして。
もし、志保に、誤解が解けた今日という日まで、会えてなかったら…。
数えだしたらキリがない。僕たちは、そうなる運命だったんだ、と自分に言い聞かせる。
準備が終わった頃には、外は藍色に染まっていた。薄暗く、秋の風が相変わらず寂しさを煽る。
校門前の駐車場付近に、藤田くんがいた。彼女に気付いたときには、目が合ってしまった。
「おつかれ」
目を逸らすタイミングを逃した僕は、思い切って挨拶する。
対して、彼女は、まるで次に僕に会った時のために、予め考えてきたみたいに、発する言葉が流暢だった。
「おつかれ。私の自信作だから、亀井くんには絶対に見て欲しい。お互いに、頑張ろうね、明日」
「うん。まあ、僕の場合は、完全な裏方なんだけど。それも話の構成には全く加担してない、ただの小道具準備係」
苦笑する僕に、「そんなことないよ」と、フォローを入れる。なんか、こういう会話も久しぶりだ。
立ち話もそこそこに、僕は歩きだした。彼女は、まだ人を待っていると言って、そこに残ったが、それが本当だという保証は、ほとんどない。私情に流されない、空気を読んでくれるところは、本当に大人だ。
悪く言えば、都合がいい人、なんだろうけど。
2日目の、演劇は、抽選の結果、僕たち6組が先頭を切る。1組は最後だ。
お互いに、頑張ろうね。
そうだね。僕も、小道具準備係なりに、自分の役目を全うした後に、刮目するよ。
藤田聡子の想いを、伏見ソウシの名作を。
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