第72話 志保
11月。
どこかで期待していた。
彼が、私の元に戻って来ることを。
「片岡さん、ちょっと、いいかな?」
イヤって言っても、どうせ受け入れてくれない。しょうがないから、また、いつものように玉砕してやろう。
サトシさんの誕生日から、私はもう、どうでもよくなった。
だから、半ば八つ当たりのように他の男を『魅了』し続ける。
告られては、振り続ける。
そんなことをしても、何の解決にもならないし、むしろサトシさんは、こんな私を軽蔑するに違いない。
まあ、どのみち、彼は私に幻滅した。『魅了』の効果は、もうとっくに切れている。だからこそ、彼はもう私の元に来ない。
私から離れた、だから、非があるのは完全に私。
もう、八百屋にも来てない。丘にすら登っていないだろうな。
その男は、もちろん振った。
その日の夕方。
私は、公園のベンチで、夕日を眺めていた。
外は、薄ら寒くなって、冬が始まりそうだった。
秋の匂いがする。あの、切ないような、物寂しいような感じ。
秋の風を浴びたとき、きっと思い出すんだろうな。叶うことなんてないのに、彼を求め続けたこと。いつも私の心を満たしていた彼がいなくなって、大きな喪失感に苛まれた思い出。
会いたい。
わがままだ。『チカラ』を使って、卑怯な真似をしておいて。なおかつ、自分が傷つきたくないために、自分から突き放して。
分かってる、でも…。
「会いたいよ!!」
「なんで…、なんでっ!!」
「どうして、こうなるかなっ…」
「サトシさん…」
「会いたい…」
声に出したって、無駄だ。そんなこと、分かってる。
それでも、声に出さないと、呼吸ができなくて死にそうだったから。
その時。
肩に、トンッと、軽く何かがぶつかった。
「久しぶり」
横から聞こえた声に、息が詰まった。意識が、今ある現実に追いつかない。
おそるおそる、ゆっくりと肩についた物体を見る。
拳が見えた。男子の中では決して強いとは言えない、柔らかそうな拳。
拳から腕をたどる。
持ち主の顔に焦点を当てる。声を聞いた時点でわかっていたが、再び目を見開く。
「君との別れなんて、いくらだって、拒絶できるし、君の悩みなんて、いくらだって拒絶してやる」
私は、とにかく現実感がなかった。頰をつねって確認したいくらいだ。
「どうして…」
私の疑問に応える前に、ガバッと、私を抱きしめた。
そして、こう言った。
「僕は、大好きだよ、志保」
志保…。
鼻の奥がツンと痛くなった。数滴の涙が、頰を滑り落ちる。
「バカ」
「バカはどっちだよ」
彼は、苦笑まじりにそう答えた。
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