第63話 勇気
その日の昼休みは、久しぶりに藤田くんと弁当を食べた。
片岡さんのことを気にしているかもしれないから、7月に入ってからは、2人では会おうとしなかった。実際に、そのことは僕も気にしていた。
2学期になって、少し髪が伸びていた。耳が完全に隠れていて、襟足は首筋まで達している。
ドキッとした。
もともと、丸顔でパッチリと大きな目をしていて可愛らしかったけど、髪を伸ばして、より女の子らしくなっていたから妙に緊張する。
彼女が女の子だったのが発覚した時期から、体育館の入り口付近で弁当を食べている。たまに通りがかる2年生や1年生にチラチラと見られるのは恥ずかしかったけど、それ以上にここは風通しが良く、残暑が続く今でも十分涼しい。受験勉強で忙しい3年生が通らないのは唯一の救いだ。
話題は、8月に発売された『アサシンガール』の第3巻の感想。
自分が、中学時代から読んでいた、大好きな作品。
ファンがいる『商品』を生み出している人が年の離れた大人じゃなく、自分と同じ高校生で、今はこんなに近くにいるという事実が不思議でたまらない。夢を見ているんじゃないかと、たまに思う。
「ものすごく鳥肌が立ったよ! マフィアのボス、自分のお父さんに拳銃を構えるシーンはハラハラした! あの時の回想シーンもたまらん!」
僕がそう言うと、藤田くんは照れ臭そうに「ありがとう」と言った。
そのお礼に対して、僕はホッとする。
『読者』の感想を『作家』として受け取るときって、どんな気持ちなんだろう。
どういうところが良い、とか、あの場面はこういうことなんだね、みたいな発言をする時は、かなり緊張する。作者にとっては、それが的外れな回答だったりするから。分かってないな、と内心で毒づかれて気分を害してしまうのは嫌だ。
アサシンガールの話はほどほどに、話題は文化祭になった。
「伏見ソウシが学校の脚本を手掛けたら優勝間違いなのに」という僕の言葉から、文化祭について話し始める。
『なのに』っていう語尾は、失礼だったか、と今さら気付く。それは、どうせ主張が出来なかったんだろ、というニュアンスを含んでいる。僕は、気付いてからすぐに謝った。
「ごめん、決めつけるように言っちゃって」
「いや、全然気にしてないよ、大丈夫」
そう言ってくれるのが救いだ。
「むしろ、私の脚本なら優勝できるって言ってくれるのが嬉しい。ありがとう」
彼女は優しい。というより、器が大きい、と言った方が正確か。
大物作家だから器が大きいのか、器が大きいから大物作家になったのか。おそらく後者だろう。彼女の作品をたくさん見てきたからわかる。
突然、藤田くんが食べている途中の弁当を置き、ムクッと立ち上がった。
何かを言おうとしている顔だ。案の定、「よしっ!」と第一声を発する。
「私、がんばるよ! 全校生徒、外部の人たち、先生たちみたいな大人の人の心にも突き刺さるような作品を作ってみせる! 小説やアニメに関心がない人達の心も動かしてあげる!」
「え?」
なんだろう。一瞬飲み込めなかった。
彼女が続ける。
「私、勇気を出して、率先してみたの。脚本書きたいって。そしたら、じゃんけんで勝った。お父さんの一件があって、決めたの。やりたいことはやるし、手に入れたい人は絶対手に入れる!」
僕は、ここで初めて気付いた。いつもは引っ込み思案で、自己主張の強い方ではなかった彼女が、自分の信念を貫いたことに。
なかなか大きな声でそう言い切った後、彼女は恥ずかしそうに、ヒョロヒョロと尻餅を突く感じで座った。
良かった。
いろいろ驚いたけど、その後、僕はそう思った。
彼女の世界を演劇という形で観れること、そして何より彼女が意思を貫いたことに喜びを感じた。
手に入れたい人ってなんだろう? ファンをもっと獲得したいのかな。
僕は、それについて聞いてみた。
「あっ、そっ、それは…、忘れたっ!!!!」
弁当箱に入ったプチトマトみたいに顔を真っ赤にした藤田くん。身体が小刻みに震えている。
熱でもあるのかな。食べ終わったら保健室に連れて行こう。
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