第55話 動かしていく
私の『チカラ』は、どうやら一定の『期間』があるみたいだ。
7月に、『ありがとう』と言った私。そして、10月に振られる。
だから、その期間は、相手にお礼を言ってから3ヶ月と数日といったところだろう。
今まで告ってきた他の男たちも、だいたいそれぐらい経つと、分かりやすく私に興味がなくなる。
中学2年生になった私は、彩音や友永達と別のクラスになった。休み時間中に廊下でばったり会うことがあるから少しだけ気まずい。会った時は互いに顔を伏せたり、他所を向いたりする。
クラスが変わっても、私が友永に色目を使ったという噂が、ずいぶん広範囲に広がっていたみたいで、新しい環境でも同じようなクラスメートの反応から、全く新鮮味を感じなかった。
つまらない生活にくだらないやつら。
私は限界だった。腫れ物のように扱われるこの現状が、『チカラ』を使わなくても寄って来る身の程知らずのブサイクども。
だから。
私は声をかけてみた。
停滞しかけた日常を、動かしてみようと試みた。
どうして、そうしようとしたのかはよく分からない。何か運命的なものを感じたわけでもないし、特別そうしたいという気持ちも無かった。
4月。
うちの八百屋によく来るらしい常連客。お釣りを渡しそびれたお母さんに代わって、その人物に届けに行く。
その人は、ここで買い物をした後、公園によく寄り道をしているらしい。私もたまに訪れる、綺麗な夕日が見えるあの公園。
公園のベンチには、私もよく知っている進学校の制服を来た男子の姿が見えた。
身長は、お母さんより10センチくらい大きく、男子にしては耳の上半分を覆う長い髪。さっき伝えられた特徴通りの人が、イヤホンを耳につけて座っていて、イヤホンから流れているだろうリズムに合わせて身体を小刻みに揺らしている。
相手を見つけてからやっと、どうやって声をかけようか悩んだ。
あの人は、あの進学校に通う高校生。お母さん曰く、高校2年生。自分より3歳も年上の、男の人。
優しい人だと聞いたけど、年の離れた男の人に声をかけるのは、さすがに勇気がいった。
さて、と腹をくくる。
大きく息を吸った。そして…。
「おーい!」
想像していたよりも、若干小さい声が出た。しかし、彼よりも少し遠くにいた人が、こちらをチラッと見るくらいだから、イヤホン越しでも気付くだろう。
しかし、彼はこちらを見向きもしなかった。
だからもう一回、「おーい!」と呼ぶ。
全然気付かない。周りの人はこちらを気にしている。「無視されてかわいそう」みたいな視線を浴びて、心底恥ずかしい気持ちになる。私の、勇気をそのまま具現化したような声が、大気中で虚しく消える。
腹が立った。
何回も大声で呼んでいるのに、わざと無視されているような気がした。
この時点で、プライドを傷つけられた怒りが、年上の男子という恐怖を上回り、とうとう彼に近づいた。
リズムを刻んだ次は、ほけー、っとアホヅラ下げて夕日を眺めている彼は、もう怖くなかった。
彼の隣に来ても全く気付く気配がない。
だから、右手をグーの形にして。
その腕を後ろに引いて。前に突き出す。
バチッ!
「痛ったあ!」
私の存在にようやく気づいた彼は、どうやらかなり面食らっていたようだ。
目線は、私の拳がたどり着いた、自分の左肩に。
彼との出会いが、私の停まっていた日常を動かしていく。
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