第44話 引き金
それから1時間後。
いつもは、自分の部屋にこもりきりだった私は、リビングに居続けた。
3人でテレビ画面を眺める。こうして3人で笑いながら過ごすのはいつぶりだろうか。懐かしい気持ちが込み上げてくる。
「サトちゃん」
バラエティー番組が途中でCMを挟んだ直後、母さんが私を呼んだ。
「亀井くんのこと、好きなんでしょ?」
「ふぇぇ⁉︎なっ、ななな、何言いだすの急にぃぃ⁉︎」
何を言いだすんだろう、急に。身体中の血が沸騰するみたいに、熱くなっていく。顔が真っ赤になるのが、自分でもわかった。
まだ、YESとも何も応えてないのに、まるで最初から答えを知っていたかのように、「いつ告白するの?」と聞いてくる。
「まだ…、分かんない」
まるで、私が亀井くんのことが好きだと認めるていで、話が進んでいる。私も、いつか告白はする、と言わんばかりの回答をしてしまった。ああ、早くCM終わらないかな。
「亀井くんなら、お父さんも文句は言わないぞ」
「父さんまで!!!」
「亀井くんと、愛を育んで、いい作品が書けるといいわねっ!」
「もう!ホントにそんなんじゃないから!!」
CMが終わってからも、番組はそっちのけで話題にされ続けた。
異常なまでに反応してしまい、取り乱す私。
そっか、と気付く。
私、亀井くんのことが。
好きなんだ。
そして決めた。
明日、亀井くんに告白する!
次の日の夕方。
私は、いつもなら亀井くんと途中まで帰っていたが、今日は1人で帰った。
正確に言うなら、今日から1人で帰る。
亀井くんには彼女がいた。
昼休みに、いつもスマホでやり取りしている相手について、何気なく聞いたことを後悔する。
「実は…」と、照れ臭そうに放った事実を、私は受け止めることができなかった。
あのとき、どんな顔をしていたのか、自分でも分からない。
聞いた瞬間、時が止まったようだった。
悲しいとか、嫉妬するとかは、後から込み上げてくるものだと知った。
私と亀井くんは、そのうち男女の仲になるものだと、思い上がってしまったことが恥ずかしく、虚しく、今すぐ消えて無くなりたい、そんな気持ちだった。
もともとこんな女、眼中にないよね。バカらしくなる。
私の身勝手な思いで、彼を傷つけるのは嫌だから、今日からまた、1人でこの道を歩く。
それでも。
いつか、と思う。思ってしまう。
いつか、伏見ソウシのファンとしての彼だけではなく、藤田聡子の男としての彼を手に入れる。
レイナは、表舞台に立たない暗殺者。でも、目標に狙いを定めて引き金を引く彼女は、強く美しい私の理想の姿。
だから聡子も、亀井サトシのハートに狙いを定める。
この燃えるような恋心を弾丸にして、引き金を引く。いつか振り向かせる。
右手の親指と人差し指だけをピンと伸ばして、西陽に人差し指で作った銃口を向ける。
バーン、と声には出さず、口だけを動かす。その無音に伴って、右手で作ったピストルを揺らした。
変わろう。控えめで内気な自分を変えよう。
閉塞しきった世界を、切り開こう。
大好きな彼を、手に入れるために。
『拒絶』なんて、させないから。
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