トゥザリアの騎士 影獅子聖剣

鶴河まち

招かれざる客

双子の見習い

 のどかな森の風景が自分へむかって走ってくる。蹄の音に合わせて感じる心地よい揺れと吹き抜ける風に金髪をなびかせ、鮮やかな緑の道を走り抜ける。馬に乗らなければ得られないこの感覚がネフィラは好きだった。


 ふと、木々の緑を写していた視界が遮られた。栗毛の馬に騎乗した少年、アルダロンがネフィラの前に出たのだ。


 アルダロンは、得意げな顔をこちらに向けた。確かに馬術は彼の得手とするところだ。

(そんな顔して。でも仕事はさぼらせないから)


 まだ腕白さの抜けないその背中を微笑ましく眺めた後、ネフィラも手綱を操り白馬を急がせた。馬術ならこちらも負けていない。ゆっくりとアルダロンの背が近づいていく。


 ネフィラがもう少しで追いつこうというところで、視界が開けた。森を抜けたのだ。目の前には草原が広がり、正面に農場や花畑が見え、その向こうに石造りの厳めしいヴァンフォール城が見える。


 二人は花畑の手前でくるりと向きを変え、樫の木の立つ小高い丘を目指し、疾走する。この時、既にネフィラはアルダロンに追いついていた。完全に並ばれてアルダロンは焦る。ネフィラはそんなことは気にせず、馬と一体となり、まっすぐに目の前の樫の木を見つめていた。


 ネフィラの馬はじわりじわりと早くなっていく。直ぐにアルダロンを追い抜き、勢いそのままに、一気に樫の木のもとへ走り去っていった。

 白馬は木の手前で速度を緩め、ちょうど木陰で足を止めた。ネフィラはするりと地面に降り立ち、労うようにその鼻面を撫でた。


 アルダロンもすぐに到着し、呼吸を乱したまま言葉を発した。

「くそっ、負けた!」

 ネフィラの呼吸はもう整っている。

「じゃ、約束通り、蜂蜜採集手伝うわよね?」


「途中までは俺が勝ってたのに……」

 アルダロンは悔しそうに顔を背けてネフィラの言葉に答えない。これはいつもの事だが、ネフィラはもう一度念を押す。

「手伝うわよね?」


「わかったよ、手伝えばいいんだろう」

 アルダロンはしぶしぶ承諾した。満足そうに微笑むネフィラの額の髪を、さわやかな風が揺らした。


 二人が駆けた森も、花畑も、農場も、厳めしいボーフォール城も、全てはアディス騎士団の所有地である。灰色のマントを肩にかけた二人は、見習いの騎士として、ここで修業を積んでいる。


「蜂蜜採集なんて、騎士の仕事じゃない」

 もともとアルダロンは不満だったのだ。だが、これも騎士団の大切な仕事だ。昔と違って国庫から出される配当金は少なくなり、領地ハイズンからの租税の取り分も減らされている。


 騎士団を存続させるためには、菜園や農場をやり、採れた野菜や花、ミルク、卵、育った牛や豚を売って資金を賄わなくてはいけない。騎士らしくないからと文句は言えないのだ。


 そこでネフィラは、早駆け勝負でアルダロンが勝てば蜂蜜採を集手伝わなくてもいいと提案した。ただし、ネフィラが勝てば手伝わなくてはいけない。アルダロンは負けず嫌いなうえに、馬術も競争も好きなので、二つ返事で承諾した。だが結果はネフィラの勝利となった。


 二人は双子の孤児として、生まれたばかりで騎士団の孤児院に捨てられて以来、一緒に育ってきた。だからネフィラは、アルダロンの馬術の腕がどれほどで、長い距離では最初に飛ばしすぎるはずだということは承知の上だった。この結果を多少は見越していたのである。


 もちろん必ず勝てる自信は無かったが、地味な職務を面倒がる相手に後れを取るとは思わなかった。


「菜園の仕事も騎士の務めの一つよ。それに、立派な騎士は約束を破らないわ」

 至極まっとうな言葉を言われると、アルダロンは従順に従うしかない。基本的には素直であるし、なによりたった一人の肉親であるネフィラの言うことなら、たいてい聞き入れるのだった。


 二人は牧場の横に作られた厩に馬を戻しに行った。全ての騎士の馬がいるので、厩はとても大きい。二人は見習いなので、自分の騎馬はもたないが、今日乗ったのは馬術の訓練でよく乗る馬だった。


 勝負に付き合ってくれたお礼に、ニンジンをやってブラシをかけてやる。ネフィラの白馬は大人しくしているが、アルダロンの栗毛馬は人懐っこく、いそいそ世話を焼くアルダロンの脇腹を鼻でつついている。


「よしよし、可愛い奴だな」

 アルダロンはいちいちい手を止めて、じゃれてやる。

「騎士に叙されたら、お前を俺の馬にするからな」


 騎士団の見習いは、修練期間の長さや出来にもよるが、早い者で十八歳、遅くても二十一歳までには騎士に叙され、正式に騎士団の団員となる。そうすると、自分の愛馬を持てるのだ。二人とも十七歳だから、一、二年のうちには騎士になれるだろう。


「でも、プロートもその子を気に入ってるのよ。彼の方が先に騎士になるだろうから、取られちゃうかもしれないわね」

 この馬は可愛いだけでなく、体躯も立派で足も速い。主のいない馬の中では、五本の指に入る良馬だ。


 ネフィラは軽いお喋りのつもりだったが、プロートの名前が出ると、アルダロンはさっと表情を変えた。

「アイツなんかにやるもんか。だいたい、乗りこなせるかよ。なぁ、お前だって俺が主になった方が幸せだろう?」


 プロートは今年十八歳、優秀なので見習いのまとめ役を任されている。なぜかアルダロンとは馬が合わず、しょっちゅう喧嘩をして、上の騎士たちに怒られていた。ネフィラに対しても、女であることが気に入らないのか時々突っかかってくる。ネフィラは気にしないが、アルダロンは我が事のように怒り出すのが常だった。


「プロートは馬術の腕もいいから、乗りこなせると思うけど……」

 少なくとも、アルダロンが乗れる馬なら、彼も問題ないだろう。

「そりゃ、ちょっとは上手いかもしれないけどさ、俺に言わせりゃ大したことないね。一年後には、俺の方が上達してるよ」


「誰が大したことないって?」

 二人が振り返ると、噂をすれば影。プロートが腕を組んで厩の入り口に寄りかかっていた。眉間にしわを寄せて、切れ長の目をさらに細めて、明らかに不機嫌な顔である。


 プロートはそのままつかつかと近づいてくる。

「安心しろよ、俺はそいつは欲しくない。確かに良い馬だが、お前に気に入られるようじゃ、所詮その程度ってことだ」


「何だよその言い方。馬の良し悪しと俺は関係ないのに、そんなこと言うなんて、思いやりが無いんだよ。良かったなぁお前、こんな嫌な奴に選ばれなくて。俺が可愛がってやるからな」


 また喧嘩が始まりそうだ。ネフィラは慌てて言葉を挟んだ。

「プロートはなぜここに?あなたも馬に乗るの?」

「いや。副団長から見習いを集めるよう頼まれた。直ちに聖堂へ集合だ」

 ぶっきらぼうに要点だけ伝えると、そのままスタスタと立ち去ってしまった。


 重要な仕事や行事の時、騎士に召集がかかるのはいつもの事だった。見習いともなれば、何かにつけて集められて団体行動させられる。だが、その場合は少なくとも前日までには、何時にどこへ集合するか知らせがあるものだ。このように今すぐ集まれというのは、緊急事態が発生した場合のみである。


 プロートの様子からして、彼も理由を知らないようだった。軽々しく話せないような重大な問題でも起きたのだろうか。楽しく弾んでいた心がにわかに不安に支配される。ネフィラはアルダロンを急かして、急ぎ城の中へ戻った。

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