手紙

 レヴィアントと閉鎖区を隔てる巨大な壁、タイタンウォール。

 そのレヴィアントを挟むように立ちはだかるタイタンウォールには、ヴィハックを侵入させない役目がある一方、もう一つの役目が存在している。

 その役目とは、レヴィアントに向かい合うように壁の内に貼り付けられた大型の集光パネルである。その集光パネルで空から降り注ぐ太陽光を吸収、または光を反射させて向かい側に広がる影を無くしたりするなど人々が生活に困らないよう徹底している。

 また、タイタンウォールにはゲートと呼ばれる巨大な扉が閉められており、閉鎖区と行き来できる唯一のルートになっている。これはヴィハックの討伐の際、軍が出動できるよう設計されたものだ。

 その造られた三つのゲートのうち、第三ゲートと呼ばれるこの場所に、大勢の士官らがそこら中に留まっている。また、その中にとある二人の姿も確認できる。その人物とは、ガルディーニ・ヴァルトとメリア・アーネイだ。

 その彼らがここにいる理由、それはこの地で起きた、ある出来事が大きく絡んでいた。

「…………」

「そうむくれるな、メリア。……と言っても何も出てこないんじゃ、無理もないか」

「しかし、本当なんですかね。あの時、ゲートとブリッジが急に解放されるなど……」

「それを今、我々が調査しているんだ。無駄口を叩く暇はないぞ」

 あの時とは、ヴィハックの大群がレヴィアントに押し寄せてきた時だ。ガルヴァス軍が使用した第一ゲートから大きく離れた第三ゲートが、なぜか解放されるという予想だにしない出来事が起こったのだ。

 一時は誤作動か、何者かが間違えて解放させたという推論を浮かべたのだが、どちらも証明されなかったため、こうして異変が起きた現場で調査することとなったのである。しかし、調査を進めてみても、何一つ怪しいものが見つからないまま時間だけが過ぎていったのだった。

「一体どんな方法で開けたのですかね? こんな大掛かりなものをいとも簡単に……」

「分からん。たとえそれがハッキングだとしても、それに関する証拠もなかったし、それ以前にここのセキュリティが突破されるほど甘くはないのだが……」

「ちなみに、この下のブリッジに設置された監視カメラには、どのように映っていたのですか?」

「……何一つ映ってもいなかった。それどころか、人の影すら見当たらなかったらしい……」

「バカな……!?」

 どの手段を講じても何一つ手掛かりすら見当たらないという、あまりにも不可思議な発言にメリアはさすがに信じられない様子を見せる。まるで魔法のような、物が独りでに動くことなど、嫌でも否定したくなるからだ。

 だが、ルヴィス達はその様を目撃してしまったことが原因で、この調査が行われることとなったのは事実だ。実際、この場にいる士官らもにわかに信じ難いものだが、迷いを抱えつつ、これも命令だと頭で納得するしかなかったのだった。

「…………」

「? どうしたのですか、ガルディーニ卿」

「この下のブリッジは、一体どこまで続いている?」

「え?」

 突然ガルディーニが口にした質問に、メリアはその意図が分からず、頭に「?」を浮かべる。すると、ガルディーニは言葉が足りなかったその質問の意味を説明し始めた。

「黒いシュナイダーがここを通って来たのならば、限りなくこの都市のどこかに潜んでいるはずだ。それにブリッジのルートを把握していてもおかしくない。だったら、隠れられそうな場所を潰していけば……」

「潜んでいる場所が分かるかもしれない、と」

 ようやくその意図を理解したメリアは、手掛かりが見つかるかもしれないという、一つの提案に希望を抱き始めた。ガルディーニも、それに頷く。

 そもそも、あの黒いシュナイダー、アルティメスが人目を避けるためにブリッジを使用しているなら、それを隠すなら地下に置いておくしか手はない。また、シュナイダーを地上に出たまま匿う場所も少なからずあり、それを地下に送り出す手段も存在する。

「あのアドヴェンダーも、地下を利用する発想があるとすれば――」

「逆にこちらが利用すればいいわけですか」

「そうだ。ただ、この都市だけでもシュナイダーを隠す場所は、かなりの数があるのは痛いが……」

 ガルディーニの言葉通り、帝国の首都レヴィアントは、かなりの数の建築物が所狭しに並んでいる。トレーラーの上に仰向けになって、カバーを掛ければ見られる心配はないし、さらに工場などに入れば、安全性は高まる。

 また、地下にはシェルターの他にも、シュナイダーを地下に降りさせるエレベーターやそこに匿わせる広い空洞も存在しており、隠すにはもってこい。ただ、それらを通じてはまず使われることはないものの、それを利用されている可能性もなくはなかった。

「それを一つ一つ潰していかないといけませんね。まずはこの都市の全体を把握しないと……」

「そうだな。早速だが、ルヴィス殿下に通達しておこう。かなり大掛かりになる」

「ええ……」

 ガルディーニとメリアは、自分達の行いたいことが決まると、すぐさま皇宮へと戻る準備を始める。調査については、この場にいる士官らに任せ、二人はさっさと皇宮へと向かっていったのだった。



 明かりがなく、薄暗い空間が続く道に、一人の少年が歩いていた。

 少年は今日が休日であることを示すように私服を着ており、外を出てもおかしくない格好である。にもかかわらず、日の当たらないこの空間にいることは、普通ならあり得ない。あくまでこの格好でいるのは、単純に制服以外に何もなかったからだった。

「…………」

 この空間を奥へと足を進めるその少年の正体は、生まれつきの銀髪を帽子で隠したルーヴェである。その彼がいる場所、そこはニルヴァーヌ学園の地下であった。

(確か、この先に……)

 地下内を通過する道を歩むルーヴェが見据えたその先に、右側にある壁の小さな隙間から光が漏れていた。ルーヴェはそれを見つけ、まっすぐに進んでその光へと近づく。

 彼がその位置に立つとその前に大きなドアが塞がっていた。なぜこんなところにドアがあるのか理解できずにいたが、光の近くに耳を立て、意識を集中させていると、ルーヴェの顔に青白い光が灯る。さらにドアの隙間から人の声と思しき音が聞こえてきた。

「――それでだが、状況はどうなっている?」

「今のところは問題ない。そろそろ〝消去〟も考えなければならないが……」

「というと、目ぼしい人物がいたのか?」

「ああ。一人だけな」

 どうやら何か話し込んでいる様子であることが隙間を通して、ルーヴェは何かを掴みかけようとするが、なぜこの場に人がいるのかまず疑問として浮かび上がった。

 声の調子からも真剣であることも分かるが、〝消去〟という言葉が頭に引っ掛かっていた。

(どういうことだ?)

 その言葉の意味を考えていくうちに、ルーヴェはあることを思い出した。

〝なぜか転校していったのよね〟

 昨日の屋上にてエルマと話し合った時に出たある生徒の話に関することだ。彼女は転校したとあるが、それ以外の人物は皆、知らないと言っていた。なぜなのかと彼が追及すると、先生達がスマホからある光を浴び褪せて、その人物達の記憶を消したという。

 明らかに食い違いを先生方が行っていることは間違いない。もしかしたら、この先にその教員達が集まっているのではないかと、ルーヴェは予想を立てた。

 その壁を超えた向こう先には、彼の予想通り、学園に勤める教員達が椅子に腰かけながらこの場に集結していた。ルーヴェがいる空間よりも明かりがあるが、正面よりも側面のモニターから発せられる光が明かりとしてその場を照らしていた。

 さらにそのモニターには学園内の様子、外の様子など学園そのものを監視する体制のようなものが出来上がっていたのである。まるで教員達が囚人を監視する警官のような体裁だった。

「その人物とは、やはりエルマ・ラフィールか……」

「はい。記憶消去を受け付けていないことも少なからずあり、この間保健室にて、頭痛がすると言っていました。もちろんその日は、あの避難勧告があった数日後ですが……」

「だとすると、やはり〝抗体〟が出来上がったのか……」

「間違いありません。体育でもかなりの成績を収めています」

「なら、早めに〝回収〟せねば。の手筈を整えておいてくれ」

(!)

「はい。〝ヴィーダ〟にも伝えておきます」

 一つの空間に教員達の怪しい言葉が飛び交う。あまり聞き慣れない言葉の他に、口調や声質から、この学園の教員達のものであることがルーヴェもようやく理解した。そして、話の矛先がエルマに向かっていることも。

(なるほどな。どうやらここは、《適合者》の養殖場だったということか……。――ふざけやがって)

 教員達の会話を耳にして、ルーヴェは怒りを込み上げる。

 そもそも、この学園のカリキュラム、シュナイダーを利用した操縦訓練など、卒業後の社会に対応させる名目となっているが、どう見てもシュナイダーを操縦することを想定したものとなっている。

し かもあの時のエルマの話が本当なら、それに才能を開花させた人物をある場所に移動させた後に、彼がいた場所の後始末などをしてもおかしくもないだろう。それが記憶の消去というなら、もはや彼がこの学園にいたという証拠は既に存在しないこととなる。

 ところが、エルマはその記憶を維持したまま学園生活を送っていた。それを良いものと思わない教員達にとっては、面白くもないだろう。今まで生活を送っていたのが、幸運と言っていい。

 だが、その時間はもうすぐ消えてしまうことをルーヴェは知ってしまう。もし彼女がすることになってしまったら、この学園からエルマの存在はなかったものにされるということだ。

 もしも、これが今彼女を引き取っているカルディッド家に知られれば、当然黙っているはずがない。特にエルマと仲の良いルヴィア―ナが追求しに来るだろう。しかし、学園にいる生徒達と同様に彼女との記憶を消去されたら意味がなくなる。

 そうなってしまえば、自分がここに来た意味がなくなることと同義なのである。ルーヴェはそうなる前に手を打つ必要があると判断した。そして、

「仕方ない。少しを早めるとするか」

 湧き上がる怒りを堪えつつ、彼はこの場を引き、再び闇の中に紛れていった。

 しかしこの時、ルーヴェは頭の中にある言葉が引っ掛かっていた。

 ――ヴィーダにも伝えておきます

(ヴィーダとは何なんだ? 人の名前にも聞こえるが……)

「!」

 聞き覚えのそのにルーヴェは考えを巡らせていくと不意にある人物の顔が頭に浮かぶ。その正体を知った彼は憤りを表すように歯を噛み締め、気づかれないようにこの場を立ち去っていくのだった。

 


「……フゥ」

 自分が寝床に使う相部屋に留まっていたエルマは、一台のパソコンに表示されたファイルのいくつかを一覧して、息を軽く吐いた。そして改めて、そのデータに目を移した。

「確かにこれがすれば、この世界は……」

 エルマの母親が研究し、一つにまとめたこのデータは、まさに独創的、画期的なものが画面上にズラリと載っていた。普通の人間には理解出来はしないのだが、科学に詳しいエルマにとっては難しいものではない。また、どの科学者でも、これを見て興奮せざるを得ないのも無理はないだろう。

「それに、この手紙は……」

 さらに彼女は研究データと共に渡された封筒の中身にある手紙を手に取る。その内容を見てみると、そこには彼女自身に向けて懺悔のようなものが書かれていた。

〝元気にしてる? お父さん、……あの人が亡くなって十年も経って、今頃手紙を出すのを許してほしい。本当なら、あなたを連れて行きたかったのだけど、あなたを巻き込ませるわけにはいかない。そこで、私の知り合いであるカルディッド家にお願いしたの。あなたを育ててほしい、って……。あなたなら、きっと私のことを理解してくれると思うわ。私の子だもの。おそらくは、あなたに危険が迫るかもしれない。だから、あなたには必ず生きてほしい……。エルマは私の、失いたくない大事なものなのだから……。〟

「……………………!」

 その手紙の内容を見て、静かに驚愕したエルマは目の位置から透明な液体を流しつつ、体を震わせた。なぜ、言ってくれなかったのか、言ってくれれば分からなかったのに、と理由を求めるように彼女は瞳に涙を浮かばせる。そこから雫が手紙を濡らしていった。

 その涙をぬぐうと、エルマは手紙を封筒の上に置き、悲しみとはまったく真逆な疑惑の目をパソコンに向けた。

(……でも、何でこれを公表もせずにあの人は去ったの? 誰かに見られたくなかった……というのもあるけど――まだ何かを隠している、ってのは、十分あり得る……)

 母親であるラヴェリアが、なぜ祖国を離れることとなったのか、その何らかの意図が潜んでいることに疑いを向けるエルマは不意に、画面上にある「VIHAC」の文字が書かれたファイルを目にする。

「まさか……これ?」

 そのファイルにカーソルを動かしつつ、クリックすると、その中身に入っているものを画面いっぱいに表示させる。そこには、ファイル名に関わりのあるものがびっしりと書かれていた。

 内容は彼女が数日前に知った、に関するものであった。

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