調査
夜を過ぎ、朝日が昇る中、ガルヴァス皇宮は特に何の変わりもなく、平穏な一日を送ろうとしていた。もっとも、昨日行われた追悼による影響は少なからず残っており、それを対処しようと中にいる士官らは動き回っていた。皇族も例外ではない。
「ルヴィス」
皇宮内を歩いていたラドルスが向かい合うように歩みを進めるルヴィスを見つけると、彼に声をかけた。また、その後ろには義妹のヴェルジュやルヴィアーナもいる。
「! 義兄上……」
声を掛けられたルヴィスはその声の主を知る。さらにその後ろに目をやると、そこには彼の兄弟達がいることに気づき、足を止めようとしなかった。
そして、両者の距離が縮まるとお互い、動かしていた足を止め、一つの場所に皇族達が集結する。
「ちょうどよかった。君が調査していた件についてだけど……」
「え? 何のことですか?」
「とぼけるな。お前が調査していた、あの〝黒いシュナイダー〟の件に決まっている」
「! い、いつの間に……」
ルヴィスは独自に進めていた情報収集が最初から向こう側に行き渡っていたことに驚きを隠せなかった。なぜ、情報が漏れたのか理解できずにいたが、彼の向こう側にいるルヴィアーナに目を移した。
「ルヴィアーナ、まさかと思うが……」
「そんなわけがないじゃないですか! 私だって、お義兄様達に同じような質問を掛けられたんですよ。それに、私もルヴィス義兄様に聞きたかったんですから」
「そ、そうか……」
目の前にいる義妹が犯人なのかと一瞬疑ったが、即座に否定し、逆にこちらに疑いの目を向ける。先の戦いでシュナイダーとヴィハックの戦いを目にしていたわけだから、疑いを向けてもおかしくなかった。
単純に自身の情報統制の甘さが招いたのだろう。
「ここで起きていることに関しては、逐一報告が入ってくるのでね。特に、大群による襲撃も直行で入ってきていたのだよ。我々も同様に調査を進めていたんだけど、肝心な所で躓いてね……」
「こちらも別の件で調査を進めていたこともあるから、どうせなら共有しようと義兄上が言ってきた、というわけだ」
「そうだったんですか……」
(別の件?)
向こうにも情報が渡っているなら、隠す必要もない。ただ、ヴェルジュが口にした、別の件という言葉に少々、ルヴィスは棘が刺さる感じがした。
「それで、何か分かったのかい?」
「……一言でいえば、技術的にも我々に引けを取らない様子でした。キールが開発したヴィルギルトもそうですが、あの黒いシュナイダーは、単機で圧倒する性能の高さに加え、単独飛行の実現など、あまり認めたくもないことが立て続けに起こりました。それを鑑みても、一歩先を行かれたのだと、今でも思っています……!」
ルヴィスは悔しさを表すかのように右手を握り締める。それを見ていたルヴィアーナは、彼自身のプライドが傷つかれたのだと気づくのだった。
「フム……君らの方もなかなか、興味深いことが起きているようだね。こちらに来た甲斐があったね、ヴェルジュ」
「ええ。だとしても、少し解せないことがあります」
「解せないこと……ですか?」
ヴェルジュの疑問にルヴィアーナが重ねる。ヴェルジュが「ああ」と答えると、神妙な顔つきで彼らがいた頃の話を切り始めた。
「実はだな、ルビアンの一部にはギャリア鉱石が発掘できる採掘場があるのを知っているだろ? あそこには大量のヴィハックが占領していたんだ」
「「!?」」
「何しろ、あそこは鉱石を発掘するための貴重な場所だったからね。かなり犠牲も大きかったよ」
「何でそれをもっと早く言わなかったんですか、義兄上!?」
「そうですよ! こちらからもいろいろ援軍とか寄越せていましたよ!?」
実に衝撃的な発言に、ルヴィスやルヴィアーナだけでなく、周囲にいた護衛まで驚く。だが、先に冷静となった二人は、重大なことをなぜ伝えなかったのかと言い募り始めた。なぜなら、下手すれば経済にも大きく影響を及ぼすからだ。
「まさか、別の件って……!」
「まあな。ただ、ルビアンにはかなりの実力を持つアドヴェンダーや専属騎士もいたから、そんなに苦にはならなかったさ。もちろん、私もいたからな」
「それは、そうですが……」
ヴェルジュや専属騎士が乗るシュナイダーが活躍したおかげで、街に被害は起きなかったそうだ。もっとも、これぐらいで対処できないようでは、他の貴族にも示しがつかないだろうと、あえて報告しなかったのだ。
「ただね……この話には少し奇妙な点があったんだ」
「え?」
「実は採掘現場に潜入した者達から聞いたのだが、どうやら先客がいたらしく、それがヴィハックを次々と葬っていたそうだ。リザードも逃げ出していたし、かなりの死骸が飛び散っていた、とね……」
「!」
ヴィハックが逃げ出すほどの性能を持ったシュナイダーが採掘現場に出現したことにルヴィスは驚愕する。さらに詳しい説明を求めてみると、ラドルスはそれが数週間も前に起きたと言い、ルヴィスは偶然なのかと考え始めた。
「それって……」
「我々の知らないシュナイダーであることは間違いない。だが、報告が雑というか……」
「?」
「見た話では、四本腕の角が生えた鬼を見たとか、何とかと言っているそうだが……今でも信じられんな……。我々も行ってみたのだが、既にその姿はなかった。ま、大量のヴィハックの死骸だけが無残に散っているとこだけか」
「鬼……?」
恐れを抱くルヴィアーナをよそに、その話を口にしたヴェルジュが一方的にため息を吐く。自分がこの目で見たわけではないので、本気で信じている様子は微塵もない。ただのおとぎ話だと切り捨てているようだ。
「ところがな、もう一つ奇妙なものがあったんだ」
「もう一つ?」
「あの後、ヴィハックの死骸が残された場所を探ってみたんだが、どれも奴らの体内からウイルスが検出されなかったんだ」
「「え!?」」
ヴェルジュが放ったその言葉は、実に衝撃的なものだった。それはヴィハックの常識を知る者なら驚かないわけがない。もっとも、それを口にしたヴェルジュ本人も信じられないことでもあった。
「にわかには信じられないことだが……おかげで鉱石を再び採掘できたのは実に運がよかったと思っている。あそこにいたヴィハックが一匹残らず潰されていたからね」
「しかも、そうなる前に襲い掛かってきたヴィハックに関してだが、本当はあの鬼から逃げてきたのではないかと、私は思っている。まったく不運としか言いようがないが……」
「「…………!」」
ヴェルジュとラドルスの言葉にルヴィアーナ達はついていくのに精一杯である。
話をまとめてもヴィハックが逃げ出すという、いくら考えてもあり得ない行動をとっていることに納得がいっていなかった。
ただ、閉鎖区でアルティメスが現れた時にヴィハックが恐れを抱いて、逃げ出すこともあったことをルヴィスは思い出す。
知性なのか本能なのかは分からないが、自分達以上に得体のしれないものと遭遇し、次々と狩られていくのを見ていれば恐れを抱くのも理解できる。アルティメスがそれだけの力を有していることでもあるからだ。
だが、ルヴィスが驚いていたのは、自分達の知らないシュナイダーが他の都市にも出現していたということである。一層、他国の新兵器ではないかと疑いを強める。
「おかげで、ギャリア鉱石をルビアンの活力として再び稼働できるようになった。まだあそこに、残存しているかは分からないが、当面の危険は去ったと考えていいだろう。皮肉にも、あの鬼が叩きのめしたようなものだからね」
「ですね。ただ、その割には破壊痕がとんでもないものもありましたが……」
「とんでもないものとは……?」
「……地面が爆ぜるようにクレーターが出来上がったものが複数見られた。中には熱が帯びているものも確認された。これらから、参照してもビーム兵器の類には間違いないだろう。でなけりゃ、ヴィハックの死骸の形が合わない理由が説明できない……!」
ビーム兵器。それは、ヴィルギルトやアルティメスが使用するライフルの別称だ。
それを高出力で放つなど、かなり非現実的なものを持ってきたことになる。しかも、ヴェルジュの口からその兵器を使用したと思われる破壊を表す騒音が戦場となっていた場所まで響いていたという。
もはや常識というレベルでは収まり切れないものだが、常識は常に根本を覆す新たな常識へと変化している。人が受け入れずとも時代はそれを受け入れるしかない。
「しかし、他国の兵器なら、我々に対する忠告と考えてもいいだろう。もっとも、あれだけのシュナイダーを造れるだけの技術があればの話だが……」
「それを抜きにしても、実に興味深いものだがね……。我々に一本取るだけでも、大したものだよ。フフッ……、なかなか面白いことになっているな」
「何を呑気に……。もしその二機を敵に回すようなことになってしまったら、私達にも危険が及ぶのでは?」
状況を面白がる二人をじっと見つめていたルヴィアーナが、訪れるかもしれないその危機を軽く表現したその言葉に、ルヴィスを含めて三人が揃って彼女に顔を向ける。その表情はある意味驚きが含まれていた。
「危険……? まさか、我々が敗北することを言っているのか? ルヴィアーナ」
「い、いえ。そういうことを言っているわけでは……」
「落ち着いて、ヴェルジュ。彼女の言うことは至極まともだよ。確かにあれだけの性能ならば、その可能性も否定できないからね。彼女なりに心配しているのだよ」
「たとえそうなったとしても、数で勝る我々に楯突くことができるとは、思えませんが……。そんな簡単なものではない。そうですよね? 義姉上」
「フ……分かっているじゃないか」
だが、そんな表情も一瞬であり、崩すことのない自信と共に、それぞれ口元を歪めた表情となる。ルヴィアーナの心配など無用の長物だろう。
実に誇らしい表情だ。慢心とか、そういった感情などないに等しいだろう。そう見えたルヴィアーナもそれに頷くしかなかった。
「…………」
だが、彼女は三人の義兄と義姉達とは全く別のことを頭の中で描いていた。それは、彼女にしか分からないこと、そして、彼女と、彼女に関わる者にしか知り得ないものが、ルヴィアーナの頭の中を占めていった。
同時刻、ニルヴァーヌ学園では学業に専念するため、校舎の外には一部の生徒しかいないはずである。しかし、校舎全体に生徒と思しき人物が所々に確認でき、授業を受けている様子がなかった。それもそのはず、本日は授業が行われない休日。
また、生徒達が私服に着替え、休日を満喫しようと学生寮から外に出掛ける姿も見られた。その学生寮の一部屋に一人の少女が椅子に腰を掛けていた。
「…………」
椅子に座り、テーブルの上に置かれたUSBメモリをじっと見つめるエルマ。
彼女はメモリを見つめながら頭の中で昨日の出来事を思い返していた。
ルーヴェに促されるままに封筒を受け取ったエルマは、その中身を確認すると中に三つ折りとなっている用紙を発見する。
「これは……」
「君への手紙。時が来たら、これも渡せって」
「なんで今更……」
「今がその時ってことだろ。ま、こっちも時間がないしな……」
「え?」
ルーヴェの意味深な言葉を聞き逃さなかったエルマは、その意味について疑問を浮かべる。
「できれば早い方がいい。……手遅れになる前に・・・・・・・・」
「! 手遅れって、ちょっと……!」
その疑問を口にするよりも、ルーヴェは話を切り上げ、この場を離れ始める。彼が屋上にあるドアの奥へと消えるとエルマはただ一人、その場に残された。当の本人は、開いた口が塞がらないままであった。
そして今、彼女はルーヴェから手渡されたデータを手に、自身が保有するパソコンに手を掛け、ウインドウを起動させた後、データが入ったメモリを本体に差し込んだ。
すると、パソコンがデータを読み込み、画面に一つのファイルが表示される。エルマはそのままファイルにカーソルを動かし、表示させるといくつものデータが表示された。
「これって……!」
表示されたファイルの中には、見たこともない名前がズラリと並び、それぞれ一つの小さなファイルとして表示されている。今パソコンに刺さっているこのメモリにたくさんのデータが入っていたのかとエルマは、冷や汗をかき始めた。
もしかしたらこれは、機密に関わることではないかとエルマは慄き始める。母親が軍に所属していたことを鑑みても、世間に晒すわけにはいかないものが多数あるのだと睨む。
だが、手遅れになる前に、というルーヴェの言葉に後押しされたエルマは、「ゼクトロン」と英文字で表示されているファイルに入力し、パソコンの画面に表示させた。
「‼ なっ……何なの、これ!?」
表示したファイルの中にあった、とあるデータを目にしたエルマは目を疑うように驚愕する。パソコンに映し出されたそれは、〝あるもの〟に関するデータがびっしりと画面を埋め尽くしていた。
それを深く目にした彼女の背中はゾクリと悪寒を走らせ、手を震わせる。それは歓喜よりも驚愕が勝っているのは間違いないだろう。
また、頭の中はパソコンの画面と同様に一つの疑問で埋め尽くされた。
「こんなとんでもないものを、何で私に……?」
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