大切なもの

 ガルヴァス皇宮の上階に位置する一画に、異なる色を持った服とガルヴァス帝国の紋章が刻まれたマントを纏う者達が集っていた。中には成人になる前の少年少女も少なからずおり、また専属騎士であるレギルもそこにいた。

「いや~、やっと終わった~。いつもながら堅苦しいぜ、あそこは」

「終わったからって、愚痴を挟まない。これも仕事だって、何度言えば分かるの?」

「わざわざここに足を運んでさ。面倒なんだよ、本当に」

 その空間にただ一つ置かれたソファーに一人、金髪の青年がうなだれていた。青年の愚痴に、ソファーの側面に立っていたピンク色の髪の少女に注意される。

 しかし、青年は特に反省することなく、見た目通り面倒くさい様子のまま、愚痴を零す。その様に少女は呆れた様子で青年から目を逸らした。

「相変わらずですね、リーディス卿。これくらい面倒くさがらないで下さい」

「お前も相変わらずお固いこって。――聞いたぞ。とんでもない奴と遭遇したってな」

「! ……情報が回るの、早いですね」

「私達が飛行艇に乗る前からその話題になっていたわ。特にヴェルジュ殿下が好きそうな話には違いないけど……」

「今頃、ラドルス殿下もそれに興味を示しているはずだぜ。あの人達は、こういうのがお得意ってことさ」

 金髪の青年とピンク髪の少女がこのレヴィアントに出回っている噂を口にする。どうやら向こうにも知れ渡っていたようだ。

 二人がレギルに対して、ややぶっきらぼうに話しているが、彼らもレギルと同じ皇帝に選ばれた専属騎士の一員、金髪の青年のアレスタン・リーディスと、ピンク髪の少女のエリス・フェールゼンだ。

 また、この場にはただ一人、壁を背につけて立っている壮年の男性一人を含めて、四名の専属騎士が集結していたのである。特にアレスタンは、他の三人よりもリラックスどころか、余裕ばかりかましていて、専属騎士というイメージとはかけ離れていた。

「ここんところ、化け物共の相手で退屈していたからさ、レギル、俺と戦おっか?」

「すみませんが、それは遠慮しておきます。今日はさすがに殿下達のお時間を遮ることにも繋がりますので……」

「ハァ~~? 何言ってんだ? お前は地上で、俺達は空の上で長旅だったんだぜ。少しはストレスを発散させねえと、気が済まねえんだよ」

「リーディス卿! アルヴォイド卿の言葉を愚弄するのか! そもそも、許可なく勝手な私闘はいかに専属騎士であろうと禁じられている!」

 アレスタンが駄々をこねる子供のような振る舞いに、エリスはしっかりと強い言葉で咎める。

 彼女の言う通り、私闘、すなわち相手が選出した決闘は、双方の許可とそれを定める第三者がいてこそ成立される。それを抜きにして、決闘を決めるなど論外であるものの、それをアレスタンは強行しようとしていた。

「ハイハイ、分かりましたよ。取り下げれば問題はない、それでいい?」

「初めから素直に従っていればいいのに……なぜこの男が……」

 しかし、アレスタンは一旦それを取りやめる。反対する側の主張が強く、不利だと考えたのだろう。彼は不機嫌そうに言葉を慎み、再びうなだれる。

 性格に難のあるアレスタンに、エリスはものすごい剣幕で彼を睨む。専属騎士というからには、実力は申し分はないのだが、所構わず噛み付くあたり、彼女は嫌悪感を表している。

 また、反りが合わないということもあって、両者の間はピリピリとしていた。エリスがアレスタンから顔を反対側に背けていることも含めて、彼に対しての嫌みがヒシヒシと伝わっていた。

「…………」

 二人の様子をただじっと見つめていたレギルはふと背中の方向にいる壮年の男に目を向ける。

 男は先程までの二人の喧騒にも耳を貸さず、ずっとその場から動こうともしなかった。だが、そこに立っているだけでも存在感というものが嫌でも伝わっており、さすがのレギルも言葉が出にくい。

「ところでカルディッド卿は、これからどうするおつもりですか?」

「……少し、に顔を合わせてくる。寂しがっているかもしれんからな」

「そうですか……」

 カルディッドと呼ばれたその男は、興味で目を揃わせる三人を背にこの場を立ち去る。三人は男がドアを閉じるその様まで黙って見つめた。

「寂しがっているなら、ここにいる必要はないのに、健気だな。まったく」

「何言っているんですか。あの方はずっと、帝国を守り続けた騎士なのですよ。それくらいやらせても別に構わないと思いますよ」

「そうですね。……現代の専属騎士の中でもただ一人、最強と呼ばれる男、ヴァルダ・カルディッドには」

 レギルがそこまで言う存在、ヴァルダは、ただ一人、皇宮の中にある奥行きを進み続ける。最強と呼ばれる男の歩みは、孤高の歩みそのものだ。たった一人でも周囲のものを奥へと押し込み続ける。だが、ヴァルダの心にはそれとは裏腹にある悲しみが広がっていた。

「…………」

 さっきまで開いていた追悼式典に立てられていた慰霊碑。

 そこには彼にとって大事な人が含まれており、思い出すだけでも辛さが彼にのしかかる。表に出さなくても、その辛さは人一倍表情を歪ませるには十分であった。

 彼の言う家族とは、彼の大事な人である妻の娘、そして、実の妹の子だ。彼女達を産んだ母が亡くなった今、二人の子を養える親は自分一人だ。

 しかし、彼一人だけで二人の子供を育てるにも苦労する。何しろ、彼は専属騎士の地位を持ち、家の問題よりも国の問題が先に出る。育てる余裕さえ出てこないゆえに、家に仕える者にしか頼むことができなかったのである。

 今こうして会いに行こうとする時間こそが彼にとっても嬉しいものだった。なにせ、死んだ妻と妹の忘れ形見なのだから……。



「しかし、皇女殿下が学業に参加していたとは……」

「社会勉強も含めて、民のことを知りたいと言ってたって。まあ、中等部を卒業した後に、いなくなっちゃったけど……」

 皇女殿下、すなわちルヴィアーナがこの学園に通っていたことにルーヴェは、興味深そうに頷く。

 そもそも貴族といった社会に影響力のある身分の高い自身よりも低い者の生活など、大抵は受け入れられることは少ない。ところが、中にはそれに興味を持ったりするなど、変り者も少なくはない。

 何しろ一生涯、経験することもないものを知ることができるというのは、やはり興味を持たないはずがないのだ。彼女もおそらく、その変わり者の一人なのだろう。

「つまり、君は彼女の、ルヴィアーナ殿下の数少ない友人だったわけか」

「ええ。もっとも、イーリィ達もそうなんだけど、皆忘れちゃって……」

「…………!」

「それで、今度は本当に皇女として出てくるなんて……なんか私、幸せだったのかも」

「幸せ?」

「だってさ、皇女殿下とお話しできる機会なんて早々ないじゃない。あちらから知りたいこととか、学びたいことを共有できるのは、何だか嬉しいと思っちゃった。カルディッド家に引き取られたのが、良かったことも」

 エルマが言うに、カルディッド家に引き取られてからは平民では体験できないこともあったらしく、その家の一員として扱われていたようだ。血のつながりも身分の差も気にせず、打ち解け合って暮らすというのは、過去に起きた悲劇を忘れるくらい嬉しいものだ。その点では、彼女は幸せなのだろう。

「皇女殿下が学園に来たのも、君と一緒にいたかったからか?」

「うん。ルヴィアーナ様も興味があったっぽいから……」

「好奇心旺盛だな……。なら、今でもあの方との連絡も?」

「もちろん。ただ、当時と比べて少なくなったけど……」

「なら、彼女自らが選んだ道は、できるだけ尊重すべきだな。それが君の、皇女殿下の友人としての役目、じゃないのか?」

 ルーヴェがもっともらしい言葉を発すると、エルマは強く頷いた。ルヴィアーナとは顔を合わせる機会はほとんどないに等しいが、これからニュースなど報道で表に出ることは多くなるため、今の彼女を見る機会は多くなると考えてよいだろう。

「もしかしたら、今の帝国を変えてくれるかもしれない……って、早とちりかな。ハハハ」

「……俺もそう思ったのかも」

 追悼式典で出た彼女の声、言葉は確かに世界中に届いた。悪意もなく、かといって善意本位ではない、すべて平等なものとして伝えられたことで、それを耳にした者達は少なからず変化が起きてもおかしくない。

 実際、彼女の言葉を耳にしたルーヴェ自身も、ぞの影響が及んでいるかもしれないと今でも自問自答を繰り返していた。こうしてみる限り、ルヴィアーナの存在は思ったよりも広く浸透していると言っても過言ではない。

「俺の知らない所でここまで変わったとなると、時の流れというのはどこまでも残酷だと思い知らされるな……」

「何言ってんの? 十年前は確かに酷いものだったけど、今ではもう、そういうのに立ち直ってもおかしくないって」

 残酷というルーヴェらしくもない、言葉を並べる彼にエルマはそれを逸らすような皮肉な言葉で返す。それでもルーヴェの表情は晴れず、無理に笑っているのが見え見えだった。

「皮肉ったこと言うなよ。そもそも、俺は、初めの五年間、眠りについていたんだからさ……」

「え……?」

「……端的に言えば、俺は、一回ようなものだからな……」



 主のルヴィスと共に執務室にて、今後のスケジュールを確認していたケヴィルはその確認を終え、執務室を後にし、ドアを閉めようとしていた。

「ケヴィル」

 そこに主ではない誰かの声がケヴィルの耳に響き、彼は手を止めた。

 ケヴィルはそのまま右側を振り向くと燕尾服のような紫の洋服に、赤紫色の髪をポニーテールに束ねた女性がその場に立っていた。

「こ、これはヴェルジュ皇女殿下!!」

 その女性を見たケヴィルは愕然とした表情でいきなり慌て出す。それだけ相手が大物であること、なぜなら、その人物はヴェルジュ・クルディア・ガルヴァス。ガルヴァス帝国第一皇女殿下その人だった。

 その背後には専属の配下である二人の男、青年のヴェリオットと壮年のグランディ・エライザが控えており、三人が並んでいるだけでも威圧感がある。するとヴェルジュは突然、ケヴィルの傍に寄ってきた。

「なぜ、こちらに? 殿下に何か御用ですか……?」

「御用も何も、何やら愚弟がコソコソしているのを聞いてな……。直接ここへ来たのだ」

「は、はぁ……」

 突然の訪問にケヴィルも、乾いた声しか出ない。実際、ルヴィスが行っていた調査はヴェルジュを含め、他の皇族達には内密だったからだ。その内密が漏れ、彼女がここに来たのだろう。

「で、どうなんだ?」

「あ、それは、その……」

 ヴェルジュがグイッとケヴィルに近寄る。ヴェルジュが発する押しつぶされそうな威圧感と高圧的な言葉の前に、ケヴィルはヘビに睨まれたカエルのごとく言葉が思うように出ず、目が泳ぎまくっていた。

「どうした? 何をしてい……」

扉の前で騒いでいたのを聞いたのか、ルヴィスは地震の部屋の扉を開けると目の前には自信と同じ地位を持つ義理の姉がそこにいた。

「あ、義姉上……!?」

 扉の前で騒ぎを立てていた首謀者に、見ただけでヒクついていたルヴィスはそのままロックオンされ、内密にしていたことを洗いざらい吐かされてしまった。彼はヴェルジュが苦手であった。

 そして、それを黙って見ていた二人の男達も苦労を表すように揃って、ため息を吐くしかなかった。



「死んだ、って、それって……」

「まあ、そんなところだ。何せ俺は、《感染者》だったんだからな」

「《感染者》……! まさか!」

 《感染者》。それは、とあるウイルスに感染した人間を表す相称であり、同時にエルマ達が最も話題となっていることであった。

「ちょっと前に言ったろ。身体が痛む症状はあのウイルスの特徴でもあるからな」

「……ウソでしょ。だったら、何で平然としているの!?」

「今更過去を掘り返したところで変わることなんてないぞ」

「…………!」

 頑なに自身を否定するルーヴェの言葉に押し黙るエルマ。死んだということはどういうことだろうか。エルマの頭はその言葉ただ一つに支配されていった。

 思い出したくもない過去を彼の言う通り、掘り返すわけであるから嫌でも目を逸らしたいのだろう。そう思った彼女は何も言わなくなった。

「…………」

 エルマを傍目で見ていたルーヴェは右のポケットに手を突っ込み、中にあるものを取り出すとそのまま彼女の元に向かい、それを見せた。

「……これは?」

「君の母親がこれまで研究してまとめ上げたデータだ。時が来たら、これを見せるように言われた」

「お母さんが?」

 ルーヴェの手に持っていたのは、手のひらサイズに収まり、パソコンに接続できるUSBメモリ。その中身にはラヴェリアが積み上げてきた研究データがあると言う。

 それを聞いたエルマはある意味驚きに満ちた表情をしていた。科学という分野をよく知る彼女にとっては、こんな大事なものを自分に持っていいのかと、僅かながらも冷や汗をかき始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る