黒と白

 ドレイクから放たれた閃光が狙い撃つかのようにヴィルギルトに襲い掛かる。

 だが、ヴィルギルトは背中のスラスターと翼を展開させて、アルティメスと同様に躱す。しかし、閃光はそのままディルオスが跨るフライトベースに向かっており、反転して避けようとするも、無情にもディルオスはフライトベースごと閃光に呑まれていった。

 呑み込まれたディルオスは形を保ったまま数秒の後に爆散し、何もない虚空だけが残った。ドレイクの急な不意打ちによる攻撃は誰も避けようがなく、瞬時に反応できたレギルは別であるが、また一つ命が散ったことには変わらなかった。

「これ以上好きにさせるか!」

 同胞を葬られたことに憤ったレギルは再びヴィルギルトを、閃光を放ったドレイクへと向かっていき、距離を詰めると右手をシュナイド・ソードから臀部に掛けていたギャリアライフルに持ち替え、ままライフルの引き鉄を引いた。

 その銃口から放たれたのは先程のドレイクと同じ紅い光を纏った弾丸だ。しかし、同じ赤でもドレイクの赤は血の色に似せた黒にも見える。ただ。ギャリアライフルから放たれた赤い弾丸にはそれが見られない。

 このギャリアライフルもまた、アルティメスのゼクトロンライフルと同じ技術が施された指向性エネルギー兵器、すなわちビーム兵器であり、これもキールが独自に開発したものだ。

 その赤いビームと化した弾丸は曲がることなく直線を通り、そのままドレイクの頭部に命中、さらにトドメを刺すように数発ドレイクの身体に当て、そのドレイクは奇声を上げないまま前のめりする。

 そのままドレイクは動かなくなり、それを示すかのように管理ブロックにある反応を表示させるレーダーに捉えていた反応の一つが「LOST」という文字に切り替わった。

「ドレイク一体の反応消失! 撃墜を確認しました!」

「フッ、やってくれると思ったよ。アルヴォイド卿」

「残存部隊、奴に後れを取るな! 続け!」

 管理ブロックから戦況を確認していたキールも、この結果には喜びを露わにし、ルヴィスはこの流れを切らさせないように部隊に追撃を再開させた。

 この機を逃さないようにメリア達のディルオスも、自身が保有する武装を余すことなくマシンガンやバトルアックスを保持し、機体背面部のスラスターを噴射させて地上を移動し始めた。

「全機、奴らの狙いから絞らせないように動き続けろ! 奴らの攻撃にも必ず隙がある!」

『『『イエッサー!』』』

 メリアの指示を受け、複数のディルオスは左右に分かれつつ、ドレイクの視界から外れていく。さらには武装の照準を合わせてマシンガンやバズーカを撃ち、ドレイクを牽制した。

「!」

 そのドレイクはチョロチョロと動き回るディルオスを捉えようとするが、視界の外から攻撃を受けるため、致命傷にならずともその場を釘付けにされてしまい、先程まで動きが違うガルヴァス軍に振り回された。

 それでもドレイクは動き回るディルオスを薙ぎ払おうと口元にエネルギーを収束させ始める。しかし、それが致命的な判断ミスであり、メリア達にその隙を与えてしまった。

『今だ! アルヴォイド卿!』

「言われなくても!」

 ドレイクの閃光はわずかながらもタメが入る。それを過去の戦闘データで確認していたメリアは、あえて閃光を放つ態勢に取らせたのである。その態勢を取らせてしまえば、その地点をいやでも釘付けとなるため、接近できる隙が生まれる。

 ただ、その隙をつける武装が少ないことや、それ以前に実行できるシュナイダーが存在していなかったことが彼らにとってネックだったのである。

 しかし、今ならそれが可能だと理論上ではなく、現実にできる存在がこの戦場に舞い上がっていたのだ。

 レギルを乗せたヴィルギルトは閃光を放とうとするドレイクの元へ、スラスターを噴射させながら猛スピードで赴く。その両手にはシュナイド・ソードが握られており、瞬時にドレイクを仕留める態勢に既に入っていた。

「ハアアアッ!」

 レギルの叫びと共にヴィルギルトは両腕を振り回し、いくつもの線が描かれる。その線が描かれた太刀筋はしっかりと、ドレイクの頭部をはじめとする上半身に刻まれていた。

「ガァハッ!?」

 ドレイクはいったい何が起きたのかと分からないまま奇声を上げる。mた、口元に溜まったエネルギーはドレイク自身が行っていた制御を失ったことで、エネルギーそのものが暴発、爆発するのだった。

 その瞬間、ヴィルギルトはその地点から退避し、爆発が及ばない場所まで下がった。爆発に巻き込まれたドレイクは強大なエネルギーが大量に含まれていた結果、身体全体が火だるまとなってしまい、やがて棒倒しのようにドレイクの身体は倒れていった。

『……次、行きましょう』

『当たり前だ』

 レギル達はドレイクが倒された姿に何の感傷にも浸らず、この戦場にいる別のドレイクの元へ向かっていく。まだ戦いは終わっていない、彼らの頭にはその言葉が残っていたのだった。


「あちらは、派手にやっているようだな。なら、こちらもさっさと片付けるか……」

 自分とは異なる場所でガルヴァス軍がヴィハックと戦っていることを目で見ずとも感じていたルーヴェは、自身が乗る愛機の足を地面に着けたまま、三体のドレイクと十数匹のリザードを正面のモニターに捉えていた。

 ルーヴェはアルティメスの右手に持つゼクトロンライフルをヴィハックに向け、引き鉄を引く。銃口から放たれた青白い弾丸はドレイクの前面に構えるリザードの頭部を貫き、行動不能にさせる。

 さらに銃口から多数の弾丸が放たれ、次々とリザードが葬られると残っていたリザードは痺れを切らすようにアルティメスへと駆け寄り出した。

「ギシャアアアーー‼」

 ルーヴェはアルティメスの右手にあるゼクトロンライフルを右腰に戻し、左腰に携えていたゼクトロンブレードに持ち替えると背中のスラスターを噴射させて前進し始めた。

 共に距離を詰め、ゼロになりかけたその時、アルティメスの太刀筋が光を放つ。その太刀筋に刻まれたリザードは太刀筋から黒血を流し、次々と地面に倒れ込んでいく。斬られたことすら感じぬまま、その命を散らした。

 それでもリザードの大群がアルティメスに襲い掛かる。しかし、アルティメスの肩に内蔵されたガトリングブレットが火を吹き、多数もの実弾がリザードをハチの巣にしていく。

 さらにアルティメスはホバー移動でリザードを躱しながら進み、その向こう側にいるドレイクの元へ近づいていった。

「ギィアアーー‼」

 するとドレイクは自身の前方にいるリザードを掻き分けながらアルティメスに近づいてくる。自身の手で葬りたいと思ったのか、その行動を見たルーヴェは安直な行動だとほくそ笑んだ。

 そして、アルティメスがドレイクとの距離が縮まるとドレイクは右の前足を拳に見立てて、アルティメスに振り抜いた。拳はそのまま大地に突き立てると衝撃が周囲に広まり、小さな土砂がパラパラと地面に転がっていった。

「!」

 ドレイクは手ごたえを感じたかに思えたのだが、実はその拳には抉れた地面しか残っていなかったのだ。

 先程までその場所にいたアルティメスはどこに行ったのかというと、拳が届くその瞬間、ドレイクとの距離を詰めたまま左に回り込んでいたのである。

 ドレイクが目標を仕留められなかったことにアルティメスの中にいるルーヴェはニヤリと笑い、左腕を左半身ごと背中に回しつつシールドの先端である鋭い牙に見立てたクローを前に動かす。

 ドレイクが頭部を左に向け、アルティメスの姿をようやく拝むと既に攻撃態勢に取っていたことに口元を大きく開けた。

 ルーヴェは操縦桿を前に倒しつつ、足元のペダルを思いっきり踏むと巨大なスラスターとなっている翼が展開され、背中と両脛のスラスターが噴射した。

「ハァアアア!」

 そして、再びドレイクの頭部へと近づく。途中でドレイクが左腕でアルティメスを殴りつけようとするも、先にアルティメスが左腕を突き上げ、シールドの先端にあるクローがドレイクの首元に突き立てた。

 だが、攻撃が浅かったようであまり深く突き刺さっていない。さらには振り抜かれるはずだったドレイクの左腕がまた動き出すこともあり、自分事を殴り飛ばしてもおかしくない。そんな無防備の状態となったルーヴェであったが、慌てる様子など微塵もなかった。

 このままではやられてしまう可能性が高いにもかかわらず、その眼にはしっかりとドレイクの頭部を見据えていた。

「カ……ハ……」

 ドレイクは首元を突き立てられてなおその赤い眼をアルティメスに向ける。意外と生命力の高いヴィハックにとってはこれだけだと絶命するに至らないからだ。完全に仕留めるには胸元と頭部を斬り落とすことしかないのだ。

 首を突き立てるという手痛い攻撃を受けたドレイクの赤い眼には殺意がこれでもかと宿っており、眼だけでも殺さんと射抜いていた。

 ドレイクの左腕が動き出そうとしたその時、ルーヴェの左親指が添えられている赤いボタンを押すと次の瞬間、

 ――グシャッ!

 ドレイクの首がはじけ飛んだ。

「…………!?」

 ドレイクは何が起きたのか最期の瞬間まで分からず、そのまま黒血と共に地面に落ちていき、ドレイクの意識は表面と同様に黒に染まっていった。

 アルティメスはすぐにドレイクから離れ、地面に足を着ける。一方、首を無くしたドレイクの左腕が前に突き出されるとその状態のまま仰向けに倒れ込んだ。

 ドレイクを一発で絶命させたのはアルティメスの左腕に取り付けられたシールドが原因である。

 ――〝ゼクトロンシールド〟「アクタイオン」

 先端部に獣の爪に似せたクローが備わっており、非常に攻撃性を持つ。さらにはシールド部がスライド式になっていて、先端を突き立てた時にこれを利用した打突攻撃が行えるため、相手の息の根を止めることが可能である。単純に言えば、釘打ちのようなものだ。

 ドレイクの首がはじけ飛んだのも、シールドがスライドして先端部のクローが首元をねじ込まれ、首を突っ切った結果であった。

 その際、首元に流れていた黒血はシールドにこびり付き、それに気づいたルーヴェはその黒血をぬぐうべく左腕を振り払う。そして、ルーヴェは残った首の元に向かい、そのままゼクトロンブレードの切っ先を突き立て、今度こそドレイクを絶命させた。

 そのアルティメスの周囲にいた別の個体であるドレイクとリザードが一斉に目の前にいる巨人を恐れ、襲い掛かろうか躊躇っていた。

 野生の本能なのかどうかは分からないが、目の前にいる獲物はただ食われるものではなく、逆に自分達を食らい尽くす〝敵〟だと改めて認識する。その敵にヴィハックは一歩も動くことができなくなってしまったようだ。先程の威勢はもはや微塵も感じられない。

「…………」

 なぜか動こうとしないヴィハックを見て、ルーヴェはようやく自分達が駆られる立場にあることを自覚したのを悟った。そう、ここはもう彼の〝狩り場〟である。

 そして、アルティメスは再びヴィハックを狩りに突進するのだった。



「何て奴だ……! たった一機で完全に圧倒している!」

「いったい何者なのだ、あれは……?」

 アルティメスの戦いぶりをモニターで見つめていたルヴィス達は、ヴィハック相手に無双しているその姿に恐れを抱いていた。

 それもそのはず、戦場で戦う自軍が多人数でようやくヴィハックを掃討しているのに対し、アルティメスは単機で軽く掃討している。しかも無傷のまま圧倒していることから性能の差が如実に表れているのだ。これにはルヴィスも脅威を感じざるを得ない。

「……キール、改めて聞くが、これもお前の発明か?」

「僕が他国に技術を売り渡すような真似をするとでも? 少なくとも、それはあり得ないと思いますがね~?」

「そうだったな」

 科学者が自身の功績を披露するなら、手始めに祖国で行うのが一番手っ取り早い。あくまでそれがセオリーだと思われるのだが、中にはそれに当てはまらない科学者がいてもおかしくない。しかしそれは、初めから祖国を裏切る前提での話だ。自身の存在価値を高めるにはリスクの少ない前者がうってつけである。

 そのことをただ風のごとく流したルヴィスに、一人の人物が声をかける。

「……ルヴィス義兄様」

「何だ?」

「一つ、お願いしたいことがあります」

 ルヴィア―ナの口から出た意外な言葉にルヴィス達は驚愕する。それは彼女自身の運面を大きく左右する決断になるのは、誰も現時点で分かりはしなかった。

 その彼らが見据えていたモニターに映るアルティメスは、また一匹ドレイクをゼクトロンブレードで両断し、その下のレーダーには反応の消失を示す「LOST」が映った。

 同様に、ヴィルギルトもシュナイド・ソードで複数のディルオスと共に、また別のドレイクを葬る。そしてまた、残った敵を確実に仕留めに突進していったのであった。

 後に、ガルヴァス軍と対峙していたヴィハックの大群がすべて駆除され、ガルヴァス軍は勝利を収める。ただ、その大半はヴィルギルトと途中から介入したアルティメスがすべてのドレイクを葬った結果だったことは誰の目でも明らかであった。


 暗闇を映していた瞼が開き、自身が見覚えのあるコクピットを視界に捉えたガルディーニはついさっきまで閉ざされていた意識を取り戻した。

「ウグッ……!」

 しかし、意識が戻ったことで痛みがガルディーニに襲い掛かり、意識がまた一度途切れそうになる。しかし、彼は気力を振り絞って正面のパネルを操作し、電気系統を復活させた。そこには雲が一つもない青空が外部モニターに映り込んでいた。

 ガルディーニはパネルを操作して、ある人物に通信を開く。その通信を繋いだその人物の元に彼の声が届いた。

『聞こえるか……? メリア……?』

「! ガルディーニ卿!? 無事だったのですか……?」

「無事かどうかは……分からんが、まだ生きていることだけは……間違いないようだ」

「分かりました! 今後処理を行っていますので、まだ辛抱してください!」

 ガルディーニが生きていたことに喜ぶメリアだったが、外の状況を整理すべく、我慢するよう指示を入れてきた。そのことに彼は疑問を投げる。

「後処理……? ヴィハックは、どうなっている?」

『ヴィハックは……全滅いたしました。ドレイクすべて殲滅したとのことです』

「……そうか」

「アルヴォイド卿と……あの黒いシュナイダーがドレイクを一匹残らず倒してくれました。我が方の被害は甚大ですが、ひとまずは勝利ということです」

「分かった……。アイツらに感謝すべきかもしれんな……」

『はい?』

 普段の彼とは思えない言葉にメリアは若干疑いを向けるが、ガルディーニは「冗談だ」と答え、安堵するのだった。

 一方、メリアは死骸となったヴィハックの処理の警備を務めていた。ディルオスの燃料も残り少ない中、死骸を撒き散らしたまま皇宮に戻るわけにはいかないからだ。もちろん、その処理は皇宮から駆け付けた駆除部隊に任せている。

 廃れた大地にヴィハックの死骸や黒血がそこら中に撒き散らしたままでは、処理する時間も長引くだろう。それを考慮して、駆除部隊が乗るトラックも総出で出動している。中にはディルオスの手に乗って、上から除菌水を流す者もいた。

 その最大の功労者である二体のシュナイダーは、メリア達から離れた場所で地上に降り立ったまま再び対峙していた。

 アルティメスと向かい合うように目線を向けるレギル。そのレギルが口にした言葉。それは、


「貴様はいったい、何者なんだ……?」


 ここにいる誰しもが口にする一言、そして誰しもがその正体を暴きたい、そんな願望がどっぷりと塗れていた一言がアドヴェンダーと共に沈黙を続けるアルティメスに突き刺さるのだった。

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