閃光

 ドレイクがディルオスを食らいつく姿をルヴィス達は状況を映し出すモニターで目撃する。

 鳴ってはいけない音や分かってはいても抜け出せない畏怖が体中に巡り、思わず口元を塞いで意識を保とうとする。当然、この戦闘を初めて目撃するルヴィアーナもまた、同様だった。

「ウッ、……!」

 彼女はあまりの衝撃に膝を折り、地面に倒れかけるものの、咄嗟に右手を突き出して支えたことや近くにいたノーティスが駆け寄り、介抱したことで何とか持ちこたえることができた。

「大丈夫ですか? 今はこの場を離れた方が……!」

「ハァッ、ハァッ……。いえ、ここで下がるわけにはいきません。私は最後まで、この戦いを見届けるつもりですから……!」

「……分かりました」

 この場に留まることを決めた主の言葉に、ノーティスはしばらく沈黙した後、その主である少女を支えつつ、共に立ち上がった。主は口元をふき取り、表情を引き締めていった。

 その様子を脇目で見つめていたケヴィルは何とも言えない表情をしていて、一方のルヴィスは、苦い顔のまま戦況を見つめていた。

「なかなかお強いですね。あの方は」

「フン、やせ我慢しているだけだろ」

 普通の人間であれば、ここに留まる必要はない。だが、ここで退くようなら、皇族を名乗る必要はなく、特に国を治める者なら、退くことなど許されない。皇族であるルヴィスは後者を真っ先に伝えるだろう。

 ただ目もくれることをせず、自軍が国を守ろうと奮闘する戦況を確認した。しかし、その戦況はドレイクが動き出したことで一気にヴィハック側に傾き、まさに最悪の一言しか浮かばなかった。

「我々の被害は甚大です。何とか、状況を打破しなくては……!」

「……分かっている! レギル達はまだなのか!?」

「ちょうど終わった所です! 空中部隊全機がワイバーンすべて、一匹残らず駆除されました! あの黒いシュナイダーも一緒です!」

「! ……仕方ない。そのまま地上で苦戦している奴らに加勢しろ! これ以上被害を出させるな!」

「イエッサー!」

 その最悪な状況に一筋の光となる朗報を耳にしたルヴィスは、すぐさま地上部隊への援護に回るよう指示を出す。アルティメスへの対応はひとまず後回しである。

 その指示に従ったオペレーターは、レギル達にルヴィスの言葉を一言漏らすことなく、正確に伝えるのだった。


 その空中部隊は、レギルが乗るヴィルギルトと後から戦闘に介入してきたアルティメスの活躍もあって、犠牲を出すことなく確認されたワイバーンすべての駆除に成功したのである。

 アルティメスとヴィルギルト、黒と白という対照的な色に彩られたこの二機は、多数のヴィハックをそれぞれ単機で圧倒するほどの性能をこれでもかと周囲に披露された。ディルオスで培われた技術よりもはるかに進歩させているのがよく分かる。

 空にはこびる翼の怪物が一掃された大空に、その二機は空中に浮かんだ状態で手を動かすことなく、相手を見つめるまま対峙していた。

「「…………」」

 そのコクピットの中にいた両者はお互い、正面のモニターに映る自身の機体とは色が異なる巨人から目を逸らそうとしない。その眼からは敵意というものも全く感じなかった。

 ルーヴェがゼクトロンブレードでワイバーンを狩り取っていた時も、ヴィルギルトも同様に上下左右に動き回りつつ対象を両手の実体剣で叩き切っていたのだ。

ヴィハックに対抗できるほどの実力を持つ両者がこの戦場で初めて出会った瞬間であり、今こうして見つめ合っているのはそれぞれが、ある興味を抱いていたからだ。

(あのシュナイダーの性能、それを操縦するアドヴェンダー……。まさか?)

(……聞いてはいたが、予想以上の性能を持っているのが分かる……! それに、この……!?)

 両者の頭に浮かんだのは、共に向かい合っている巨人を動かすアドヴェンダーの正体だった。

 ワイバーンを狩り取っていた時も、ルーヴェはヴィルギルトからある反応・・を捉えていたのだ。それはヴィハックにも似た、強い反応がシュナイダーの中から浮かび上がり、彼はずっと気にかかっていたのである。

 両者がその正体に勘づこうとしていた時、

「「!?」」

(こ、これは……!)

 二人の思考はいったん打ち止めとなり、別の話題に切り替わることとなった。感じたことがあるような、強い反応が二人を誘う。その誘いにルーヴェはモニターを拡大させた地上を見下ろした。

「……ドレイクか!」

「!」

 その反応の正体をモニターで確認したルーヴェは舌打ちをしつつ、操縦桿を動かして混沌とした戦場に降り立ち始める。アルティメスを追いかけようとレギルも降り立ち始めるが、コクピットに通信が入り、彼の行動を制止させた。

 ルヴィスからの新たな指示を聞き入れたレギルはフライトベースに跨る複数のディルオスと共に、今も苦戦している地上部隊の元に向かっていった。


「ハァッ!」

 ディルオスの手に持つバトルアックスの刃がリザードの頭部に打ち立てられ、そのリザードは行動の停止を示すかのように絶命した。ディルオスはそのままアックスを引き抜き、マシンガンを別のリザードに向けて発砲させながらアックスを構えて次に備える。

 そのディルオスの元にバズーカを持ち構えた別の同型機が近寄ってきた。

「ガルディーニ卿! 状況は!?」

「言うまでもないだろ! クッ、数が多すぎる!」

 多少機体がボロボロになりながらも合流したガルディーニとメリア。彼らも襲い掛かったリザードを駆除し続け、装甲の一部には黒血で染められていた。

 そこに恐怖を体現した一つの脅威が迫ってきており、その脅威がレーダーにしっかりと捉えた。

「「!」」

 その反応に気づいた二人は一斉に反応を示す方角へ目を向ける。その視界にドレイクが牙を晒しながら拳を突き上げていた姿があった。

 すると二人は反射的にディルオスに内蔵されたスラスターを噴射させ、今の場所から飛び退く。ドレイクの拳はそのままガルディーニ達がいた場所に打ち付けられた。その衝撃に地面にヒビが入り、大地の一部として形成されていた土砂が粉塵と共にまき散らされた。

『……やはり一筋縄ではいかんか!』

『当たり前に決まっているだろ!』

「!」

 ドレイクが打ち付けた衝撃から離脱した二人はそれぞれ愚痴を零した。するとメリアが乗るコクピットにある正面のモニターに何かを捉える。その何かとは多数のリザードに山積みとされたディルオスであった。そこにドレイクが駆け寄り始める。

「マズイッ! あそこに同胞が!」

「ッ! 助けるぞ!」

 同胞が襲われていることを知ったガルディーニ達は、ドレイクが到達する前にそのディルオスの元へ向かおうとスラスターを噴射させ、前進し始める。

 硬い装甲に守られているが、そのままにしておけばいずれ胸部を壊され、アドヴェンダーが喰われてしまうことは容易に想像できた。

 それをさせまいと二人とは別方向から一体のディルオスが割り込む。スラスターを噴射させて前進したままマシンガンを発砲し、ヴィハックの行動を中断させようとする。しかし、銃弾を多数受けたにも関わらず、何事もなくそのディルオスが発砲した方角へ振り向いただけであった。

『クソッ!』

 ディルオスは右手にバトルアックスを取り出し、スラスターを展開して接近戦を仕掛ける。それに応じるようにヴィハックも通常のものとは思えないスピードで接近し、ディルオスの懐へ潜り込む。

「なっ――!?」

 距離を詰めたヴィハックは、今度は左の〝前足〟で胸部を鷲掴みし、そのまま天へと持ち上げる。異生物が巨人を持ち上げるという、あり得ない光景にガルディーニとメリアは口を開けた状態で動きを止める。

 その後、ヴィハックはそのままディルオスごと左手を勢いよく地面に叩きつける。その衝撃にディルオスは両手に持っていた武装を落とし、中にいたアドヴェンダーの意識は急に黒くなるのだった。

「…………!」

 ドレイクの異常な強さを目にしたガルディーニは恐れを抱きながらもマシンガンを構え、引き鉄を引こうとした。

 ところが、その矛先にいたドレイクは二体のディルオスを目にし、すぐさま両足を動かして距離を詰めていくとそのままガルディーニの機体を、

「ガハッ……!」

 激突と共に生まれるその衝撃はディルオスの中にいたガルディーニに襲い掛かり、体全体に首がもげるほどの大きなダメージを食らった。そのガルディーニは正面にあるパネルにぶつかったようで、額からは血が流れていた。

「ガルディーニ卿!」

 裏拳で弾き飛ばされ、宙に舞ったディルオスを目撃したメリアは思わずそのディルオスのアドヴェンダーの名前を叫ぶ。そして、宙に舞ったそれは、そのまま地面に倒れ伏した。機体の各部からスパークが迸っており、ピクピクと機体を震わせていた。

「ッ……!」

 その圧倒的な強さに、メリアは歯噛みする。

 ドレイクの存在はこれが初めてというわけではない。過去にも同じような個体が確認されており、たった一匹でシュナイダー十機が軽くは壊滅されたほどだ。ドレイクを討伐しようにも援軍は必要である。

 その援護がまだ来ていないことにメリアは焦りつつもガルディーニの元に向かい、右肩に掛けていたバズーカを連射する。そのバズーカの残弾が切れるとすぐさま投げ捨て、背部に掛けていたマシンガンに持ち替えた。その引き金を引き、ドレイクを足止めするが、その銃口から放たれた弾丸は頭部に掲げられた前足に防がれた。

「チッ! ……!」

 メリアが乗る機体のモニターの左端に数匹のリザードが映る。そのリザードがディルオスの装甲を剥がし、コクピットと共にアドヴェンダーの姿が露わになるとリザードはそのまま食らいついていった。それを目にしてしまったメリアは思わずその光景から目を背けてしまい、命を見殺しにしてしまったのだった。

 ドレイクが銃口の矛先である頭部をガードしていた前足を下ろすと、更なる追撃がその地点の上から襲い掛かった。

 今までのヴィハックとは段違いの強さにシュナイダー部隊は足をすくませるように動けなかった。

「!」

 上からの攻撃が行われたのを目にしたメリアは首を上に回すと、上空から空中部隊の姿を捉える。先程の攻撃が彼らによるものだと察した。その中にヴィルギルトもいる。

『遅いぞ、お前達!』

『申し訳ありません! 意外と手こずったおかげで……』

『言い訳はどうでもいい! 手を貸せ!』

『イエス サー!』

 メリアに促された空中部隊は、地上にいるディルオスに取り付くリザードにマシンガンを発砲し、リザードに弾丸を命中させていく。するとそれを恐れたリザードは一斉にディルオスから離れていく。

 そこに地上に降り立ったアルティメスがゼクトロンブレードでそのリザードを次々と葬る。同じく降り立ったヴィルギルトも両手のシュナイド・ソードで葬っていき、取り付かれていたディルオスが解放された。

『! あの機体、我々を助けてくれたのか……!?』

 解放されたディルオスは皆、空に浮かぶアルティメスとヴィルギルトに注目する。助かる見込みのない状況下から抜け出してくれたことに、アドヴェンダー達は信仰に近い眼差しを向けていた。

「…………」

 一方、ルーヴェはこの戦場に介入した時から表情を変えず、ただ涼しい表情で戦場を見下ろす。その眼差しをドレイクに向けると再び地上へと向かっていった。

 アルティメスの青い瞳がドレイクを映す。そのドレイクは目の前にいる獲物を瞬時に敵とみなし、顎を大きく開く。その開いた口に何やら赤い光が生まれ、球体として灯り始めた。

「あれは……!?」

「――いけない!」

 その光にノーティス、そしてルヴィア―ナが危機感を募らせる。血のようなその赤い光を危険だと直感したのだ。

 その光が徐々に眩きが大きくなると、

 ――ドゥーーン!

 光が太くなり、白い雲が浮かぶ天へと放たれた。赤き閃光がその直線上にいるアルティメスと重なる。

 その光とぶつかるように正面で見つめるルーヴェは、目の前に広がる光景が赤に染まるとすぐにその閃光が生み出す直線から左に外れ、回避する。そのまま閃光は天へと届き、白い雲を貫いていった。

 ドレイクの口から放たれた閃光。その閃光に呑まれれば一溜まりのないことは、一目だけでも理解できる。まさに命を飲み込む光だ。

 これこそリザードにはない、進化を果たしたドレイクだけの必殺技であった。

「ウゥウウウ……!」


 その一方、ドレイクの必殺技を目撃したレギルは、先程までヴィハックを斬ることを楽しんでいたはずが、今はドレイクの力に冷や汗を感じていた。

「隠し玉を持っていたってか……? 本当に楽しませてくれる……!」

 だが、レギルは喜びを表し、ドレイクと相まみえようとする。

 ところが、先程閃光を放ったのとは別の個体のドレイクが口を開いており、それをモニターで捉えたレギルは、まさかと思い浮かんだ。

 その想像通り、ドレイクの口から赤い閃光が放たれ、レギルの視界を赤く染め上げるのだった。

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