現在・過去・未来 〜 ヒット商品のシミュレーション


このタイトルには一つのひねりがあって、言葉の並びが「過去>現在>未来」という時系列ではなく「現在>過去>未来」という順番になっている。


これが未来について考えるためのシミュレーションにおける基本的な発想だ。


なにかについて未来を予測したいわけだが、そのためには、横柄な神官や蠱惑的な巫女よりも「データ」が必要である。

「予知」ならインスピレーションでいいのだろうが、「予測」である以上、その結論には理由が必要だ。


それは、どのようなデータをどう解釈して結論を出したのか? を明示することであり、同じデータを投入すれば何回計算しても同じ結果が出るべきである。

当然ながら未来のデータはないし、現時点のデータだけでは何かと比較することができないので、過去のデータを集めてくるわけだ。


まず、現在の状況で注目すべき要素が何かを仮定する。


そして、それについて過去から現在に至るデータを可能な限り集めてきて、変化の度合いを探る。

対象がものすごくシンプルであれば、単純にそこで得られた係数をかけていくことで、大まかな未来予測は得られる。


これは、たとえば人口や食料生産の増加だとか、増減の理由をある程度限定できる物事について考える時には有効だ。

戦争が起きるとかパンデミックが発生するとか、そういう天変地異的なことがない限り、まあまあ滑らかなカーブを描くことが予想できる。


ちなみに私個人は、およそ身の回りのことや個人的な事象に関しては壊滅的に予測を外しまくるので、周囲からまったく信用されていない。あれ?



さて、ここまで書くとすでに予想が付いたかもしれないが、この方法には私の個人的事情とは無関係に、大きな問題がある。


それは「過去に例のない事象や規則性のない予測は不可能」ということだ。


往年の名作SFである「月は無慈悲な夜の女王」という作品には、主人公に味方する素晴らしいAI人格「マイクロフト」がいて、様々なサポートをしてくれるのだが、そのAIが自分たちの苦境を打破できる時期の見通しについて「天才がいつ生まれるかは予測できない」と話すシーンがある。


実際、フェルマーやニュートンやガウスやアインシュタインや(列挙すると切りがないのでこのあたりで)とにかく、歴代の天才たちの出現率をどう数式化してこねくり回したところで、次の天才がいつ誕生するかを知ることは不可能だ。

天才の出現は、まるで数列における素数の出現傾向のように、ある時期に連続して現れるかと思えば、ずっと間を置くこともある。


いまのところ誰も、天才の出現間隔を予言することはできない。

だが、出現した天才は、確実にそれ以降の世界のあり方を変えてきた。


では、この『天才』をビジネスの視点で『ヒット商品』と置き換えてみたらどうだろう?


世の中にはあまたのヒット商品が存在する。

それらは、単一の製品やコンテンツであることもあれば、ある範囲の現象に応じた物だったりと、その現れ方は色々だ。

ここで具体的な名前を挙げなくても、誰でもすぐに一つや二つはヒット商品を思い浮かぶのではないだろうか?


そして同時に「なぜ、あれがヒットしたのだろう?」という思いも浮かぶかもしれない。


その「なぜ」が、そのまま最大の謎だ。


もちろん、その中には広告代理店が仕掛けたと言われるように、人為的なブームとして引き起こされた物も沢山あるだろう。

これは、端的に言って費用さえかければ実現できるタイプの物で、「人間は馴染みのある物を選びやすい」という性質を利用して、対象が目や耳に触れる時間(露出量)を物理的に増やすことで実現する。言わば、強引な物量作戦で引き起こすブームだ。


また過去の経緯から、そろそろこれが注目されてきそうだ、という予測の立つ、緩やかなピークというものもある。

この手のブームは、ある程度自然発生的に盛り上がってから、目端の利く人間が人より先に注目してブレイクを予言? というか誘導するだけなので、本当の予測ではない。

むしろ、オピニオンリーダーの高らかなブーム宣言にも関わらず消えていった物の方が多いが、誰もそれを気にしないだけだ。


だが...よくよく考えてみても、さっぱり理由の分からないヒット商品や、誰一人として「私が仕掛けた」という人間の存在しないブームという物もそれなりに存在する。


逆に言うと、後付けの解釈ではなく、本当に登場前に「突発的ヒット商品」の出現を予測した例を私は知らない。


将来いつの日か、AIが意味不明な商品企画を立てて、それが、なぜか理由も分からないままに大ヒットしたりしたら、それこそシンギュラリティ到来なのかもしれない? ってことはさすがにないだろうか。


もしそんなことがあったら私でも怖いが。


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< 「マイクロフト」はMicrosoftではなく、コナン・ドイルの探偵小説に登場するシャーロック・ホームズの兄であり、英国政府中枢の顧問として活躍するインドア派の天才「マイクロフト・ホームズ」から名前を拝借している。>


< 念のために書いておくが、これは「データマーケティング」が無意味である、と言うことではない。適応する限界や向き不向きがある、というだけの話だ。どんなジャンルにおいても万能のツールなど存在しないのだから当然の話ではあるが。>


< ITが広告宣伝/プロパガンダのツールとして、どう使われていくかは、また項を改めて書いてみたい。>

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