第58話 犬さん、あなたはいったい誰ですか?

 鴎は赤鬼さんの手首にクルクルと縄を結わえた。

 いままでだってなんどもこうしてきた。

 犯人にも犯人になるさまざまな理由がある。

 けれどここまで犯人側に同情してしまう事件もめずらしい。


 「鴎さんは物の怪だったんですね?」


 赤鬼さんは鴎にぽつりと一言かけた。


 「はい」


 鴎は職業、防人として大人びた声で返した。


 「大丈夫ですか? その包帯」


 赤鬼さんが鴎を気にかけている。

 本当に優しい鬼属だ。


 「えっ?」 


 鴎はキョトンとしたそれもそうだろう、たいていの犯人は僕らを罵倒ばとうしていく。


 「あっ、はい。大丈夫です。お心遣い感謝いたします」


 「大変なお仕事ですね?」


 「ええ。でもこれが私の天職ですから」


 「そ、そうですよね」


 鴎は――舟の手配は済んでいます。といってから波打ち際で待つように赤鬼さんに告げそしてそれをジーキーさん、エイプさん、ポチさんにも促した。

 今回は、直接桃太郎さんを殺した赤鬼さんのほかに、ジーキーさんもエイプさんもポチさんもなんらかの罪に問われるだろう。


 僕は鴎に赤鬼さんとエイプさんとジーキーさんを連れて、さきに舟までいってほしいと伝えた。

 僕にはまだやることが残っているからだ。

 ――わかりました。鴎はすぐに僕の意図を理解した。 


 「ところでポチさん」


 僕はポチさんを呼び止めた。

 午前中に読んでいた事件書類の【白犬撲殺事件】。

 うやむやになっていたあの事件……あなたがそんなに哀しい理由で砂を掘るならば僕もあなたの真実を掘り当てる。

 その事件で撲殺された白い柴犬は器用に前足・・で穴を掘る犬だと書かれていた。


 「えっ、はい?」


 僕の前をいくポチさんはぷいっと振り返った。


 「あなた本当はシロ・・さんですね?」


 「えっ、な、なにをいうんですか?」


 ポチさんは僕が出合ってからいちばん大きなリアクションをした。

 いまも目を左右に動かして驚いている。

 その高速眼球運動は図星だといってるようだった。


 「あなたがさきほどアリバイの有無で尻もちをつくほど驚いたのは裏取りの過程で真実が暴かれたと思ったからではないですか?」


 「ち、ち、違いますよ」


 「それにあなたは今日偶然、鬼ヶ島にきたとおっしゃってましたね。でもあれも本当は桃太郎さんに脅されていたのではないですか? 今日ここにくるように」


 「な、なんのために?」


 「ズバリ。あなたに鬼ヶ島の宝を探らせるために」


 「え、いや、えっと」


 「もう隠さないでください。花咲かじいさんはあなたがどんな犯罪に手を染めようがうちの飼い犬だとおっしゃっていたそうです」


 僕はある人・・・からの伝言を伝えた。


 「えっ、は、花咲かじいさんが? ……そ、そうですか……」


 ポチさんこと、シロさんは言葉につまった。


 「ぼ、僕はと違ってバカだから……」


 シロさんはたしかにいま、自分のことを双子の弟だと認めた。

 正式には兄の名前がポチで、弟の名前がシロだ。

 いまここにいる白い毛並みの柴犬は“シロ”だということをつまびらかにした。

 どこか全身に入っていた力も抜けたようだ。


 「……というのは?」


 「兄の“ポチ”は利口犬と呼ばれていました。だから組織が最初に手をかけたのも兄だったんだと思います。利口すぎるといつ組織の敵になるかわからない。兄は宝を見つけても――ここ掘れワンワン。と吠えるだけで絶対に自分から穴を掘らないんです。反対に僕は宝を見つけると口よりも先に手足が出てしまう……だから僕のほうに利用価値があったんだと思います。吠えて終わるよりも穴まで掘り進める犬のほうが扱いやすい」


 シロさんは一度言葉を切った。

 思い出させてしまって申し訳ありません。


 「あるいは『奇々怪々』は穴を掘らない兄の態度を反抗的だと受けったのかもしれません」


 「なるほど。でもどうしてポチ・・さんをかたったのですか?」


 「それは花咲かじいさんが、僕よりも兄のポチを可愛いがってたからです」


 僕はゆっくりと大きくかぶりを振った。

 その意図はまだシロさんには伝わっていない。


 「いいえ。それは違います。花咲かじいさんが可愛がっていたのは“シロさん”と“ポチさん”双子の犬です。そこに優劣は存在しません」


 「……でも、でも、僕、本当は……」


 シロさんはまた、いいよどんだ。

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