第56話 蔓延(はびこ)る悪の組織

 エイプさんはそこから長い話をはじめた簡単にいうとこうだ。


 ――あるおばあさんにそそのかされて、エイプさんはとある蟹さんの育てた赤い柿を横取りした。

 そのなかで蟹さんを殺してしまった。


 ただ、その作戦を仕向けたのも『奇々怪々』で、最後にはエイプさんも臼さんも、当事者たち全員を皆殺しにして柿の木すべてを奪おうとしていた。――ということだった。


 その過程で子蟹さんを殺しつづけていたのもやはり『奇々怪々』だった。

 赤鬼さんは海で子蟹さんを殺していたとあるおじいさんを目撃、それを臼さんに告げたということだ。

 要するに、赤鬼さんは子蟹さんを殺していたのはエイプさんではないという事実を臼さんに告げたのだ。

 それが仲裁の真相だったのだ。

 となれば果実を狙うだけではなく『奇々怪々』には獣の種類である動物の殺戮を楽しんでいる者もいるということか。


 「俺は騙されたとはいえ親蟹を死に追いやってしまった。ただ子蟹には一匹たりとも危害は加えてねーぜ」


 エイプさんは悲愴な表情で目を細めた。

 いまだにエイプさんは蟹さん家族に対する罪悪感を背負いつづけているんだ。

 すこしばかり気性が荒いだけで、やはり本当は優しい猿なのだろう。


 「ええ、わかっています。この浜辺の左側にある岩と大きな穴で証明できますしね」


 「えっ?」


 エイプさんは僕がなにをいっているのかまるでわかっていないようだった。


 「蟹さんへの贖罪しょくざいなのでしょう」


 「それって……なんのことだ?」


 「エイプさんはこの浜辺にいた子蟹を落石から身をていして守った。その割れた爪と額の腫れ、あの穴にある滴下血痕てきかけっこんも爪を割ったときのものでしょう。全身打撲もそのときの怪我ですよね?」


 「そ、それも、わかってたのか?」


 「ええ。おそらくでしたけど。いまエイプさんの言葉で真実になりました。けれどあの子蟹さんは例の蟹さん・・・の子どもなのですか?」


 「わからねーなー。蟹は水中で卵を放つから。ただ、あの蟹と親子であろうがなかろうがたったひとり大海原を旅して鬼ヶ島ここに辿りついた子蟹やつを守ってやらねーとと思って」


 「そうでしたか」


 「半妖青鬼さん。さすがの頭脳だ」


 入れ替わるようにジーキーさんが話をはじめた。

 前にうしろに首をカクカクと振っている。


 「俺の家族も仲間も組織ききかいかいの食卓に何度となくならべられたんだよ。なにかの祝いとあっちゃ雉鍋きじなべ。宴会とあっちゃ雉鍋。俺はいつか仇討をしようと決意していた」


 「ジーキーさんにはそんな理由が。仇討申請の提出は?」


 「なんかいも提出したよ。でも大がかりの組織だし家族と仲間には獣もいれば半獣もいるってことでいつも申請は却下された。獣の雉なんて食用だと見下されてたのかもしれない。それにブローカーのじじいの趣味は射撃だぜ。動くものならなんでも撃つぞ」


 「すみません。治安維持に携わる者として謝ります」


 その、おじいさんというのはとくに危険な気がする。

 子蟹さんを殺していたいたのもおそらくそのおじいさん。 

 僕はそれをヒシヒシと感じた。

 防人としてジーキーさんに頭をさげる。

 深く謝ろう、治安を守護まもる者の努めとして。

 僕の下げる頭に意味があるのかはわからないけれど、自然とこうべを垂れていた。


 エイプさんとジーキーさん一家、蟹さん一家、ほかにも『奇々怪々』の被害を受けた人たちの苦痛を考えれば僕の謝罪など安いものだ。


 「青鬼さんには関係ないよ。部署が違うんでしょ?」


 「おそれいります」


 たしかに部署は違う。

 『奇々怪々』は僕らの上層組織『安定奉行所』の管轄だ。


 「それに青鬼さん。頭上げてくれよ」


 僕はゆっくりと頭を上げた。


 「俺ね雉肉なかまたちの流通経路を調べたんだけど」


 「それがなにか?」


 「そこでわかったことがあるんだ」


 ジーキーさんはおもむろに口を開く。


 「なんですか?」


 「いま巷で人気の果実屋あるだろ」


 「ええ。あっ、はい『甘露屋』さんですね?」


 僕も今日のお昼にちょうどいただいとところだ。


 「あそこにも組織の果物が流れてるぜ」


 な!? 

 なんてことだ。


 「ほ、本当ですか?」


 「ああ」


 ま、まさか。

 組織の悪行が民の生活のすぐそばにまで入りこんでいるとは。

 ……そうか、あれだけ高級な果実を手ごろな値段で売っているのはそういうことか。

 闇ルートからの仕入れ、もしかすると『甘露屋』さんのところの若旦那もなにか関係があるのかもしれない。

 たしか出稼ぎの斡旋業をおこなっているんだった……だとすると……忠之助くんは……。


 それに僕が食べていたあの干し柿が組織のもの。

 防人の僕でさえ間接的に組織に手を貸していたということになる。

 これは僕自身が御上に出向かなければならない。

 僕はもう一度、ジーキーさんに頭を下げた。

 ふたたび頭を上げるとポチさんのつぶらな瞳と目が合った。


 「ポチさんはなぜ?」


 「僕には僕と瓜ふたつの双子の弟シロ・・がいました。『奇々怪々』は高級さくらんぼを手に入れるために花咲かじいさんに脅しをかけてきたんです。桜の木にはさくらんぼがなるので。脅迫を断固拒否した、花咲かじいさんへの見せしめで、弟は僕らの目の前で殺されました」


 ポチさんの頭をなでるエイプさんがあいだに入った。

 犬猿の仲なんてものはない。

 そこにあるのはただに仲間意識だけ。


 「ちなみに。臼って花咲かじいさんのとこの桜の木から生まれたんだぜ」


 「えっ、ほんとですか?」


 「臼のことも子どものようにかわいがってたぜ」


 エイプさんがなんの気なしにいった言葉に僕は驚いた。

 そんな関係だったのか。

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