第53話 鬼だけが使える術

 “桃太郎さん”こと“赤鬼さん”は抗うことをやめたようだ。

 そして――さすがは冷静な青鬼さん……。と深い溜息をついた。

 吐きだした肺の空気の量は人間のそれをはるかに超えている。


 それはまるで自分が人間ではないという自白にもとれた。

 僕はそれを無意識の降伏だと受け取った。

 赤鬼さんはもう無駄な抵抗をやめたのだろう。

 そして懺悔ざんげするように体の前で手を組んでいる。


 「それは自白と捕らえてよろしいですか? ちなみに金棒が空から降ってきたと仮定してそれが赤鬼さんに直撃した場合は、頭の真上つまり脳天付近に打撲跡ができます。これはあくまでどの位置に跡が残るかということです。じっさいに金棒が空から降ってきて頭部に命中した場合、赤鬼さんの身体からだごと爆散ばくさんしていなきゃおかしいです」


 「こ、降参です」


 赤鬼さんは大きくうなずいた。


 「僕が桃太郎さんを殺しました」


 「どうしてですか。ちなみに大刀かたなは?」


 「桃太郎さんの持っていた刀は真相が暴かれそうになったときのために海に捨てました。あのときは鬼の力で全力で投げたのでそうとう遠くに飛んでいったはずです」


 「その理由は?」


 「刀を持たないことでもしかしたら金棒での反撃が正当防衛として認めらるれかもしれないと思いまして」


 「なるほど」


 「刀のことを訊かれなければ脇差も陣羽織の中にずっと隠してようと思っていました。でも、もう言い訳はしません。青鬼さんになにをいってもいい逃れはできないでしょうから」


 真実を語りはじめた赤鬼さんは、無意識にキビ団子を噛もうとしたけれど口が空っぽなことに気づき生唾をゴクリと飲みこんだ。

 刀は海か。

 そこまで遠くに飛んでいるならゴミの中に引っかかっていたあの柄がその刀だったかもしれない。

 あとで回収しておかなければできればの話だけれど。


 「金棒を振り下ろす角度だけで僕が赤鬼だとわかったんですか?」


 「いいえ。赤鬼さん、あなたは最初に――殺人事件・・・・といったんです。遺体が人間であると不意に口をついてしまったんでしょう」


 「あっ、あのときの……そうですか……」


 「と、いってもその言葉は僕の推理の中で、目の前にいる“桃太郎さんが赤鬼さん”だとわかった瞬間に初めて意味をなしました。それに口がすべったということなら――イイ角度で入ったというあの言葉。あれも平均身長二メートルの鬼族が人間を後方から殴った場合の無意識の一言でしょう」


 「……ああ。あれも……か……」


 「こんかいあなたの正体に気づけたのも身長差によるものです」


 「……そ、そっか……」


 赤鬼さんは苦悶するように顔をしかめた。

 そのまま首が落ちるかもしれないというほどにガクンガクンと項垂うなだれた。

 五秒ほどしてからまた僕へと視線を戻す。


 「さらにはあの一撃に対しての出血量がすくなすぎます。あなたは殴りかかった寸前に我に返って力を抜いた。けれどときすでに遅し。相手は人間力を抜いたとしても後頭部の陥没骨折は免れないでしょう。正直、僕ら鬼族が全力で金棒を振り降ろせば人間の頭なんてスイカ割りのよう破裂しますからね」


 桃太郎さんにんげんの薄皮一枚かぶった皮膚上に、深い深いしわが露わになった。

 それは赤鬼さん本来のしわだろう。

 桃太郎さんの荒れた肌は赤鬼さんの顔があったからだ。

 人間体としての桃太郎さんの容姿が崩れて、しだいに鬼の様相が浮かび上ってきた。


 「僕の背後についてきたときもあまりにも早く僕に近づいてきました。あれは速度の問題ではなくその大きな歩幅だった。最後の決め手は僕ら鬼族の持つ変化の術。自分を変化させる対象者または対象物を変化させる。そうして本物の桃太郎さん・・・・・・・・本物の赤鬼さん・・・・・・・が入れ替わったのだと思いました」


 「同じ鬼族。さすがに見抜かれましたか?」


 「ええ。僕もさきほどその術を使いましたし」


 僕はゆっくりとうなずいてからエイプさんへと歩み寄った。

 そこで深く頭を下げる。

 何事かとばかりにエイプさんは浜辺に深い足跡を残しザザっとあとずさった。


 「エイプさん、すみません。さきほどの柿は漂流していた【浮き】を僕が変化の術で変えたものです」


 「えっ!? あれ偽物なの……か……?」


 エイプさんは、また威嚇してくるようなことはなかった。

 いやもう・・僕を威嚇してくることはないだろう。


 「まあ、もういいさ。ぜんぶバレちまったんだ」


 憑き物が落ちたように晴れ晴れとしている。


 「青鬼さん。赤鬼の旦那を責めないでくれよ」


 そうすぐに懇願してきたのはエイプさんだった。、

 ジーキーさんもポチさんも追随して口を揃えた。

 声の高さも質も違うけれど、その一言に赤鬼さんへの思いやりが込められている。


 「ぜんぶ、ぜんぶ、あの桃太郎の野郎が悪いんだ」


 ジーキーさんは口を尖らせ、いまにもついばむように赤鬼さんこと桃太郎さんの遺体のある方向を威嚇した。


 「やはりみなさんは本物・・の桃太郎さんを憎んでいましたか。そうでなければ今回の事件の辻褄つじつまは合わないですしね。さきほどのエイプさんの――殺されて当然なんだよ。という言葉は本物の桃太郎さんへの一言だったわけですね?」


 「そこまで、わかってるとはな?」

 

 エイプさんは僕に賛辞を送ってくれた。


 「ジーキーさんもエイプさんも、本当の赤鬼さんが桃太郎さんを殺害した場面を目撃していたはずです。ジーキーさんは回遊飛行のときエイプさんは一本松の上からその視力を使って事件を目撃した。そしてポチさんは血の臭いが桃太郎さんだと気付きながらも隠蔽しました。また犬の癖をい砂浜の砂でさまざまな証拠を覆い隠した」


 「もうぜんぶ話しますよ。いいよな。みんな?」


 そういったポチさんにつづきエイプさんもジーキーさんも真相を語ってくれるようだ。


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