第34話 赤鬼はすでに死んでいた。

 赤鬼の遺体は鬼ヶ島の砂浜にあった。

 その赤鬼の周囲には鳥や動物の足跡が無数にある。

 どう動いたのかまったく経路の決まっていないような足跡だった。

 縦横無尽に進んだ、あるいは東奔西走、あるいは右往左往、足跡だけを見ればそのどれにでもあてはまりそうだ。


 ただ、いまその場を動く者はいない。

 猿も雉も犬もただ黙って立ちつくしている。

 桃太郎は両手をだらりと下げたまま空気を呑み込んだ。


 自分の陣羽織の脇に手をかけ――かしゃん。と鞘から刀を抜いた。

 刃からは怪しげな臭気がヌラヌラと立ち上っている。

 目の前に掲げた刃先は血と脂で刃こぼれしていた。

 刃紋はもんはまだ血を求めているようだ。

 

 「旦那、どうするんですか?」


 猿は刀を握りしめた桃太郎に目をやる。

 そんな張り詰めた空気の中で犬は突然、砂浜を駆けまわる。

 とうとつにピタっと立ち止まると、前足を砂浜にがっちりと固定させて高速でうしろ足を回転させはじめた。


 足裏が砂を掻きだしていく砂を掻けば掻くほど足元は削れて穴になり、犬の後方には砂が積み重なっていく。

 犬はそんな奇妙な行動をなんども繰り返した。

 辺りにはボコボコとした穴と茶碗を七、八杯ほどをひっくり返したような山ができている。


 雉がもう一度――旦那? と疑問符の声をかける。

 雉も猿も犬の行動を黙認したままだ。

 犬はまだ砂を掻きつづけている。

 桃太郎はふたたび刀を鞘に――かしゃん。と戻すと唸りはじめた。

 ――う~ん。しきりになにかを考えているようだ。


 「……が赤鬼を…………退治……ということ……」


 あまりの声の小ささで聞き取れない個所があった。

 その場の雰囲気で猿も雉もうなずいた。

 桃太郎のいわんとしていることをもうすでに理解しているようだった。

 桃太郎は刀をギュっと握りしめると刀の柄から鞘の先端までをながめた。


 「でもこいつは金棒で……」


 猿が言葉をいい終える前急に態勢を変えたかと思うと、猿の右足はものすごい勢いで砂浜の砂を蹴り上げた。

 水溜まりを上から踏んづけたように砂がザっと飛び散った。


 「ああ」


 桃太郎は浜辺に向き直してその場から全速力で走った、それは助走だ。

 その力を利用して槍投げのように刀を海に向かって放り投げた。


 猿は桃太郎と逆方向を進む左足を蹴り右足を蹴って速度を上げていく。

 やがて右手で砂を掻き左手でも砂を掻く、四足歩行の態勢で崖側まで一目散に走っていった。

 猿の体と同じくらいの岩が海へゴロゴロと転がっていった。

 猿が辿りついたさきでは大きな砂煙が舞っている。

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