第29話 日常

 「川の決壊は山頂からの鉄砲水が原因だったみたいですよ」


 「数日前に起こった氾濫事件ですね」


 鴎の言葉で僕はさらに情報を補う。


 「はい。そうです」


 「被害状況はどうなっていますか?」


 鴎は両手を上げて大きく伸びをしている、バタバタとなんどかその行動を繰り返して、それを終えるとカクっと振り返った。

 数日前この町から約二十キロ離れた山の土砂が崩れてふもとや、その周辺に甚大じんだいな被害をもたらしたという。

 降りつづけた雨が山頂の貯水限度を超えたというわけだ。


 本来は山肌の木々が障害物となって土砂流を塞き止めたり分散させたりするはずなのだけれど、その濁流は人為的な伐採によってできた溝に沿い、たわわに実っていた収穫期間近の果実や田畑までをも巻き添え海まで流れていった。

 裏山の竹藪と同様にどこの山も出稼ぎたちの柴刈りによって木々が減少しているから木々が防壁ぼうへきの役目を果たせなったということだ。

 

 「人命被害はなしです。ひとりの被害者もでなかったのは不幸中の幸いですよね?」


 鴎の赤黒黄三色が混ざったくちばしは、おっとりとしていて柔らかな声をだす。

 鴎は自分にもいい聞かせるようにしてうなずくと僕の返答を待っている。

 口先はもうあんなに尖っている、小さな虫をついばむには便利な形態だ。

 鴎は人のときと鳥のときでは声質がすこしだけ変わる。


 「被害地域がすくないにこしたことはないのですが、まあ、背に腹は代えられないということでしょうか」


 僕がそういってるあいだにも鴎の体は鳥類へと近づいていった。


 「私もそう思います。それでもやりきれないですね」


 誰が悪いわけではない自然災害は仕方のないことだ。

 ――そうですね。僕はそう言葉を返した。

 

 本心でだって怪我人がでなくてなによりだと思っている。

 そうこうしているうちにも鴎の体には大きな変化が見てとれた。

 両肩の付け根からはもう立派な羽が生えている。

 その羽は腕と一体化していった。

 反対に体積は減っていく、人の姿をしていたときのちょうど十分の一ほどだろうか。

 

 鴎はそういう体質なのだ。

 物の怪のすべての種族がきれいに人の姿と獣の姿に変化へんげできるわけではない。

 鴎ほど変化が上手い物の怪もめずらしいくらいだ。


 「さあ、私はそろそろ見回りでも」

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