第372話 テント山行訓練の終わりに

 何か夢を見ていた気がする。

 甘くて切ない感じがまだ残っている。

 内容は何も思い出せないけれど。


 目を開けるとテントの壁が見えた。

 下のふかふかは寝袋、これは亜里砂さんの羽毛の奴だな。

 どうもテントの中で寝入ってしまったらしい。

 状況を思い出して慌てて起きてテントの外へ。


「ごめんごめん、何か寝心地がいいから思い切り寝入ってしまった」


「確かにそのテントとマット、寝袋のセットは危険な組み合わせだ。私もやってしまったからさ」

 昼食まで寝入ってしまった川俣先輩がそう言ってくれた。


「まあ、亜里砂の魔法で起こさずに済んだだけましなのですよ」

 先輩、思わず苦笑。

「厳しいな、美亜」


「でもそろそろ片付けましょうか。帰りもありますから」

 美洋さんのそんな台詞で片付け開始。

 乾かしていた鍋や食器を片付け、寝袋やマット、テントを畳む。


「暑い季節以外ならちょうどいいね、この場所」

「でも予約が必要だからさ。それに5月とかは近い分混むし」


 ちなみにザックの中は下から順に寝袋、それ以外の個人装備、共同装備、雨具や防寒具という感じ。

 この順番だと到着後の荷物取り出しが楽だからだそうだ。

 それにある程度重心は高い方が背負って楽だったりするらしい。

 寝袋とかは力をかければコンパクトになるし。


「帰りはあの急坂、登りなのだ」

「坂は登る方が楽だぞ」

「確かに塔ノ岳に行った時はそうでした」

 そんな事を言いながら歩き始める。


 明日からはまた1年生5人で図書館に籠もって勉強。

 まあ木曜あたり晴れたらまたちょっと出かけてもいいな。

 連続して勉強会をしたら流石に息抜きがしたくなるから。

 高速道路上を横切る橋を通り、そしてまた例の急坂。


「今度は何処に行こうかなのだ」

「今は寒くて釣りは無理だしね。でも風が無ければ海辺へ自転車へ行ってみてもいいかな。今回と同じセットを持って」

「勉強会が順調にいけば、なのですよ」

 そんな事を言いながら急坂をゆっくり確実に登る。


「それにしてもテントとかバーナーとかいいなあ。こうやって使ってみると欲しくなっちゃう」

「そうですね。バーナーもガスならそんなに高く無いみたいです」

「まあテントの小さいのもバーナーも先生が色々キープしている。当分はそれを借りればいいさ。中学生の小遣いじゃ色々揃えるのは無理だ」


 そんな話を聞きながら僕は思う。

 つい最近、何か大事なような切ないような事を聞いたような気がする。

 でも僕はこのハイキング中、その内容を思い出すことは出来なかった。

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