第122話 翔太郎との秘密会話

「よくもあの時は⋯⋯!」


「そう怒るな。お前が健吾を狙わなければ、別にあんなことをせずに済んだんだ」


直人の目と鼻の先で、強烈な視線の火花を散らす翔太郎。

対して直人は感情を感じさせない冷静な視線で見つめ返す。


「赤城原。お前こそ何故瑛星学園の、それもEクラスなんかにいるんだ。その実力なら山宮のトップすら狙えるだろうに」


「では、その僕を倒したお前は何で山宮の底辺クラスにいるんだ?」


ぶつかり合う視線と、両者の間で交わされる意味深な発言。

するとここで、グループ内の別の瑛星学園生が口を開いた。


「はいはーい! じゃあ、私自己紹介します!」


ハキハキとした、明るい印象の女子生徒だ。

ガタっと音を立てて立ち上がると、自己紹介を始める。


「私は、瑛星学園1-Eクラスの上里かみざとみどりです!」


ニコッと直人に笑いかける彼女の様子は可愛らしい。

すると彼女は、直人に向かって言う。


「山宮学園の人と一緒に練習できるって聞いて、ずっと楽しみだったの!」


「⋯⋯そうですか」


対して直人は、既にこの時点でコミュ障を発動させかけている。


実は直人はグイグイくるタイプの女子をやや不得意にしている。それは過去のトラウマから来るものなのだが、まさかトラウマになった全ての元凶が人間ではない美少女の姿をしたモンスターだとは、仮に話しても信じてもらえないだろう。


加えて言うならば、今頃そのモンスターは月で寝ているであろうことも言ったところで妄言の類だと受け止められるだろう。


ここで直人は、他のグループメンバーを一通り見る。

そして、何となく彼は察した。


(⋯⋯話が通じなそうな人しかいないな)


向かい側にいる翔太郎、そしてみどりはまだいい。

だが他のメンツは各々が強烈な個性を放っている。


取り敢えず緑の横にいる、女子生徒と思わしき人物に直人は目を向けた。


「⋯⋯どうも」


一応挨拶する直人。

だがしかし、それ以上は何も言えない。


「ウヒッ⋯⋯」


奇妙な笑い声を漏らしながら、手に持つノートに呪符の類を書き続けているその女子生徒は何とも近寄り難いオーラを放っている。


「その人は、闇内やみうちしずかさん。闇属性の異能に詳しいの」


そう解説するみどりだが、内心直人は『そうでしょうね』という感想を抱いていた。

何しろ静自身が、闇能力で具現されたような見た目をしている。


ヒヒッ⋯と妙な声を出しながらボサボサの長く伸びた髪をかぎ分けてノートに術式を書き続ける様子は、見ているだけで呪われそうな得体の知れない雰囲気がある。


「よろしく⋯⋯オヒッ」


すると静はノートのページを破ると、その紙を直人に渡す。


「それ、貴方を呪いから守ってくれる⋯⋯ウヒッ」


逆に呪われそうです、という言葉が喉まで出かかるのを抑える直人。

後でマキに鑑定してもらおうと思いながら直人はそれをポケットに仕舞った。


そして直人は、その前にいた別の生徒に話しかける。


「葉島直人です。宜しくお願いします」


「せ、拙者は丸井まるい昭雄あきおと申しますっ!!」


分厚いレンズの入った眼鏡に、丸刈りの頭。

そして、机の横のバッグには戦艦グッズが所狭しと入っている。


「それ、戦艦竹内の甲板図ですよね?」


ここで直人は彼が使っている、下敷きに書いてある模式図に目を向けた。

すると昭雄は途端に興奮し始める。


「も、もしや同士でゴザルかっ!?」


「い、いやちょっと知ってるだけで⋯⋯」


「いやいや何をおっしゃいますやら! 戦艦竹内は、20年前にあの憎きパンドラに沈められた伝説の名艦!! それを御存じとは只物ではありませぬな!!」


実際は、過去のパンドラに関する情報を漁った時のデータの一つに載っていたから知っていただけなのだが、どうやら彼は直人を同士と認識したようだ。


「同じ戦艦を愛する者同士、仲良くなりましょうぞ!」


どうやら昭雄は戦艦オタクのようだ。

上機嫌な昭雄から目を逸らして今度は、直人は昭雄の横に座る女子生徒を見た。


「よろしくおねがいしまあーーす⋯⋯」


聞いているこちらが眠くなってしまいそうな口調でそう言う女子生徒。

かく言う先程まで、ずっと彼女の首がカクリカクリと危ない揺れ方をしているのを直人はずっと見ていたのだが。


「この子は打良木うつらぎ真白ましろさん。睡魔を誘う固有能力を持っている子なんだけど⋯⋯そのせいでいつもこんな感じなの」


どうやら、自分自身の睡魔も誘ってしまうようだ。

制服越しでもそれと分かる豊満な胸が、彼女自身の首の動きに合わせてプルンプルン揺れている。そしてみどりが、さも恨めし気に真白の胸を凝視していた。

それはみどりの胸元が真っ平であることも影響しているのだろうか。


「で、最後が赤城原翔太郎君⋯⋯」


「それは大丈夫。彼のことは良く知っているから」


「そうなの?」と直人に尋ねるみどりと、「余計な事言いやがって」とばかりに直人を睨みつけている翔太郎。


「それで、グループで行う課題というのは何なんだ?」


するとみどりがタブレットを操作して、巨大な石のブロックを男子が必死に押している様子が映っている画像を表示した。


「今度のスターズ・トーナメントの個人戦一次予選で用意されている課題をどうやってクリアするかを考えて欲しいみたい」


通称、岩落としと呼ばれる課題のことである。

異能を用いて岩を、最低二メートル以上動かせれば二次予選に行けるという内容だ。


「でも、こんなに大きな岩を動かすなんて⋯⋯」


そう言うみどりは、もう明らかに自信なさげと言った様子だ。

ここで直人は、一つ瑛星学園組に聞いてみることにした。


「君たちの異能係数って、どれくらいなの?」


すると、みどりは言う。


「クラス平均は43くらいだった。因みに山宮学園は?」


「確か⋯⋯80前後だったと思う」


「ええっ!?」と声を上げるみどり。

その横では真白が目を一瞬だけ目を丸くした後に、再び視線がトロンとする。


「私たちの倍じゃないですかあ⋯⋯葉島さんはどれくらいなんですかあ?」


「確か170くらいだったかな」


すると昭雄が、驚いた様子でバン!と机を叩く。


「何と!! 葉島殿は闇内殿を超える力の持ち主でいらっしゃったのでゴザルか!」


相変わらず呪符を書きながら奇声を漏らしている静に目を向ける直人。

どうやら昭雄曰く、彼女がこのクラスで一番異能係数が高いらしい。

小さく直人は、静に係数の値を尋ねる。


「⋯⋯いくつ?」


「ウヒッ⋯92」


クラス平均が40なのを考えれば相当な水準だ。

しかし、それならば尚更に疑問が残る。


「おい、赤城原」


「頼むから余計なこと言わないでくれ葉島。その件は、後でゆっくり話す」


すると彼はチラリと、指輪を直人に見せた。

恐らく魔力を抑制する指輪だろう。この時点で直人は既に察した。


「因みに葉島さんは、岩落としをクリアできると思いますか?」


そう聞いてくるみどりに対しての返答は、直人自身少し困っていた。

出来るか出来ないかで言えば、余裕で出来る。


ぶっちゃけ言えば、異能を使わなくても『力だけで』いける。


「⋯⋯難しいな。俺は、余り異能の制御は得意ではないんだ」


「そうなんですか?」


取り敢えず、そんなことを言ってみた。

するとここで、眠りかけていた真白がこんなことを言い出した。


「空気を圧縮して岩を浮かせるとかあ、いいんじゃない?」


するとタブレットに電子ペンで書きこみを入れる。

石の下に魔力の渦を書き示し、彼女はそれをグループ全体に見せる。


「石の下に圧縮した空気の渦を入れるの。そうしたらあ⋯⋯」


「そうしたら?」


しかし、それ以上の言葉は続かない。

カクンと首を垂れる真白。横から静が使っていた羽ペンで真白を突っつく。


「ウヒッ⋯寝てる」


どうやら、持たなかったようだ。

すると横から翔太郎が、タブレットを取って図を指し示す。


「ようは、ホバークラフトの要領だね。空気の力で摩擦を極力減らし、後は後ろから押す。空気の操作はそれほど難しくないし、異能係数の少ない術者でも出来る」


摩擦がない状態であれば、石を動かすのはそう難しくない。

簡易強化術式があれば、何の不自由もなく石を動かせるだろう。


「よーし! じゃあ、4番グループの意見はこれにしよう!!」


そう言って、みどりはチームの意見をレポートにまとめる。

後はタブレットを通じて雪波に提出すれば、課題は終わりだ。


するとここで、翔太郎が直人に視線を向ける。

その瞬間、辺りから聞こえる声が急に静かになった。


『これでいいだろう。僕たちの声は、誰にも聞こえなくなった』


どうやら翔太郎は防音術式を使ったようだ。

一時的にこの空間は、直人と翔太郎のプライベートスペースになる。


『何故、山宮学園に来なかった。お前の実力を知っている俺に言い訳は通用しないぞ』


そう言う直人。

すると翔太郎は、素っ気なく言った。


『単純に、僕が山宮学園が大嫌いなのが一つ。さらにもし、レベル5クラスに配属されれば、『死ぬほど殺したい』人間がずっと傍にいる空間が出来上がる。それが嫌だから山宮学園進学を断ったのが二つ。これが理由さ』


赤城原家を壊滅させた、榊原家の血筋。

その直系にあたる榊原摩耶がレベル5クラスにいる。


それは翔太郎にとって、とても我慢ならない話だったようだ。


『榊原家当主が正式に彼女の自由を保障したのは理解不能だよ。裏で何らかの裏工作が働いたのか、はたまた別の何かがあるのか⋯⋯』


実際は、ブルーノによる強烈な脅しが効いているのだろうと直人は思った。

あの後榊原家の手の者は、フォールナイトから一斉に手を引いたからだ。


『まあそれはいい。それよりも葉島直人、お前に一つ聞きたいことがある』


『何だ?まだ話すことがあるのか?』


すると、翔太郎は少しだけ間を開けた後に言った。


『先日、ある人物について妙な話を聞いたんだ』


『妙な話?』


『そうだ。まさに、今あそこにいるアイツについてだよ』


すると翔太郎は視線を、ある人物の元に向ける。

するとそこにいたのは⋯⋯


『健吾じゃないか』


『そうだ。中村健吾、彼の過去について少々不透明な部分がある』


中村健吾。

確かに彼の辿る運命は少し数奇だ。


決して落ちこぼれではないものの、あらゆる困難を潜り抜けて生徒会役員となる。

更に目の前の翔太郎だって、過去には健吾を狙ったこともあった。


『健吾に関する話というのは、どういう内容だ?』


すると翔太郎は答える。


『彼の幼少期のデータを最近手に入れたんだ。そうしたら、何と小学生の時の彼の異能係数指数は今の3倍近くあったんだよ』


ここで直人は、過去の記憶を掘り起こす。

確か、学期初めのテストでは健吾の異能係数は230くらいだったはずだ。


『つまり、700近い異能係数だったということか?』


『そうだ。しかも『王の御前』と呼ばれる強力な固有能力を持っていて、過去にはあの光城雅樹を破ったこともあるらしい』


『妙だな。健吾にそんな固有能力があるなんて聞いたことないぞ』


『だから、おかしな話なんだ。小学生の時点で異能係数700は相当な数値だ。世界的に見てもそう例がない話だろ?』


だったらなぜ、今の健吾はかつての力を失ったのか。

幼い頃に天才と言われた人間が急に落ちぶれるケースは、どの業界でも珍しくないが、小学生の頃の力が高校生になって三分の一になるのは極端すぎる。


『僕は彼に興味がある。それに、彼の内に秘めている『王の御前』という能力がどんな物かも興味があるね』


するとここで、直人はふと翔太郎に尋ねる。


『⋯⋯もしや、承認式の時に健吾を狙っていたのはそれが理由か?』


半ば確信するように、直人は口を開いた。

だがそれを聞いた翔太郎は、ゆっくり首を横に振る。


『違う。アレは中村健吾に個人的な興味があってしたことじゃない。人に頼まれてやったことだ』


『なら、誰に頼まれたんだ。言え』


しかし、ここで翔太郎はパチンと指を鳴らす。

途端に周りの音が一斉に二人の耳に入ってくるようになった。


「これでいいでゴザルか? 葉島殿?」


するとレポートの草案を纏めたタブレットを、昭雄が直人に見せてきた。


「ん? ああ、問題ない」


「どうしたでゴザルか? まるで気が離れていたような⋯⋯」


「気にしないでくれ。大丈夫だから」


そう言って誤魔化す直人。

対して向かい側で同じくこちらを見ている翔太郎。


すると翔太郎は、ゆっくりと声に出さずに口を動かす。


『僕に中村健吾を攫うよう頼んできた人物。それは⋯⋯』


そして彼は、口の動きだけでその名前を言った。

それを見た直人の目に、ほんの僅かに動揺が映る。


「ドン・ファーザー⋯⋯!!」


その名前を直人は知っている。

そして同時に、彼は全てを理解した。


(ノースロンドン・ハンターカレッジの総帥か!!)


そんな男が健吾を狙うとしたら、間違いなく彼女もこの話題に絡んでくる。


(椿⋯⋯!!)


何となく直人の脳裏に、嫌な予感が漂い始めていた。

そして厄介なことに、後日その予感は的中することとなるのである。

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